JOURNAL

MATSUMOTO SHINJI

前編

ゴシック・バロック装飾を生み出す、特殊なウッドカーバー

手仕事の木彫りで、ゴシックやバロック様式の装飾を作る凄腕のウッドカーバーがいる。馴染みの庭師が教えてくれた情報を頼りに、ORGAN CRAFTチームは神奈川県・厚木に向かった。

のどかな風景の中に建つ古い集合住宅。松本さんの工房は、その一室を改装している。「散らかってますが、どうぞ」、タフな見た目を裏切るように、やわらかな物腰で案内してくれる松本さん。真面目でおおらかな人柄が伝わってくる。

天井を抜き、床板や壁も張り替えている。まだまだ進化中、といった感じのDIYな空間に、デザイン画や作業中の木材、彫刻刀などが並ぶ。職方上がりのORGAN CRAFTメンバーも自然に目が輝く。

「いいですね、この空間。こんな場所で制作できるのは羨ましいです」と、ORGAN CRAFT代表の渡會。「どういったものを作っていらっしゃるのですか?」

「私がやっているのは、ウッドカービングと呼ばれるものです。カービングとは彫刻のことで、木を彫刻刀で削ってオーナメントや額などを制作しています。私が作るのはゴシックやバロックといった様式の意匠ですが、実はこの分野を専門にするウッドカーバーは、日本にほとんどいないんです」

ゴシックやバロックというのは、中世ヨーロッパで生まれた芸術様式で、ゴシック建築ならミラノのドゥオーモ、バロック建築でいえばフランスのベルサイユ宮殿などが一般的に有名。ヨーロッパの古い教会などの写真で見たことのある人も多いはず。

「1日12時間くらいここに立って、ほぼ休憩なしでやってるんです。全然苦痛じゃないんですよね。無心で作業している状態が、何より好きで」

「すごくわかります。作っているときは最高に幸せですよね。」(渡會)

「そうなんです。それに、単調に見えて毎回違うんですよね。木ひとつひとつ個性がありますし、それによって刃を入れる微妙な角度や、刃の研ぎ方も変えないといけない。きれいにできたときの快感はすごいです。最初は0.5mm線がずれたとかでうまくいかなくて、何個も壊しました(笑)」

レザーからウッドへ、素材の広がり

松本さんが独立して工房を構えたのは、2013年。それ以前は10年以上会社員として、メーカーのエンジニアをしていた。

「エンジニア時代は主にクルマのハンドルを扱っていました。なので、レザーのことはわかるし、独立した最初は革加工から始めました。レザーで財布や椅子などを制作していたのですが、古材を扱う方と出会ったこともあって、木という素材への興味が強くなっていったんです。革も木も生き物ですしね」

「レザーからウッドという展開には、ビジネス的な狙いもあったのですか?」(渡會)

「それが、ウッドカービングは一切ビジネスを考えず、とにかく作りたいという思いしかなくて始めたんです。レザーの加工は他社さんも多いですし、どうしても価格勝負の部分も出ます。そういうビジネスのレースに乗るのが飽きちゃったんですよね」

実はレザーでもカービングのマーケットはある。タイが発祥だけあって、多くはアジア的な繊細なもの。対して松本さんが手がけるウッドカービングはヨーロッパの教会建築がルーツで、華美な意匠。同じカービングでも、印象はまったく違う。

「私自身、オリエンタルなデザインより、ゴシックやバロック的なものの方に美しさを感じるんです。小さい頃から美術館が好きで、そのヨーロッパ的な装飾に惹かれたというのもありますが、原体験はたぶん『聖闘士星矢』。今も、自分のデザインを見ながら黄金聖闘士っぽいなとか思いますよ(笑)」

instagramからモスクワの職人に弟子入り

レザーを扱いながら、次第に木という素材へと、関心をシフトしていった松本さん。大きな転機はinstagramでの出会いだった。

「instagramで、モスクワで教会の内装彫刻を手がけるアーティストの投稿を見つけて、衝撃を受けたんです。セルゲイという人なのですが、思い切って『教えて下さい』とメッセージを送りました。当時日本国内ではそういうウッドカーバーが見つからなかったので、モスクワに学びに行くしかないと。そうしたら『教えてあげるから、モスクワに来なさい』と連絡をいただいて、弟子入りしました」


https://www.instagram.com/ornamental_patterns/
師匠のセルゲイさんがヘッドデザイナーを務めるモスクワのornamental patterns。

モスクワでウッドカービングが盛んなのには歴史的な理由がある。旧ソ連の共産主義時代に、国内の華美な教会建築の多くは、反共産主義的だとして破壊されていった。そして、共産主義からの脱却を進める現在のロシアでは、かつて壊された教会が再び必要になっている。そのためイタリアに影響を受けた華やかな新築の教会が、まさに次々と建てられているという。

そうした背景があって、モスクワや東ヨーロッパといった旧共産圏のウッドカービングの技術は、現在進行形でアップデートしている。関わる人も多いし、技術はどんどん発展していく。

「今ではイタリアよりモスクワの方がウッドカービングの技術が高いと言われています。師匠のセルゲイの技術は本当にすごいですよ、この前も日本に滞在したのですが、毎日朝から酒を飲みながらとんでもない作品を作っていきました。私は彼から学んだことを元に技術を磨きながら、制作を続けています」

後半では、松本さんの制作のこだわりやクラフトマンシップについて伺います。

TEXT:Masaya Yamawaka
Photo:Fumihiko Ikemoto(PYRITE FILMS

松本 伸志

https://www.instagram.com/pryo2.jp/

メーカー勤務後、2003年に独立。神奈川県厚木市で工房を構える。インテリアや小物などを中心にレザー加工を中心に手がけていたが、2017年にモスクワで教会装飾を手がけるウッドカーバーに弟子入り、伝統的なウッドカービングの技術を学ぶ。ゴシック、バロック、ロココ等の様式をベースにした木彫刻オーナメントの制作を続けている。

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