JOURNAL

MATSUMOTO SHINJI

後編

建築で使ってもらってこそ意味がある

手仕事の木彫りで、ゴシックやバロック様式の装飾を作る凄腕のウッドカーバーがいる。馴染みの庭師が教えてくれた情報を頼りに、ORGAN CRAFTチームは神奈川県・厚木に向かった。

「教会の少ない日本では、どういったニーズがあるんですか?」(渡會)

「それが難しいところで、店舗だったり、ホテルやウエディングが多いのですが、まだまだ認知が少ないのが現状で。店舗の方が“華やかな装飾を”と考えていたとしても、じゃあウッドカービングで、という発想に至ることはほとんどありません。まずは選択肢に挙がるように知ってもらうため、草の根活動でやっているところです」

「よくも悪くも個性が強いので、ミニマル主流の時代にマッチしているわけではないんですよね。日本でやっている人も、私の他に山口県に一人くらいしか知りません。とてもニッチな分野ですが、自分なりに現代建築との設置点をみつけながら作っています」

「アート作品というだけじゃなく、実用も意識しているんですか?」(渡會)

「やっぱり使えなければいけないので、それは意識しています。人がぶつかったときに折れない形状だったり、木の目をそろえて耐久性を上げたり。それに華美すぎるものは、日本の建物に合わないこともあります。伝統のデザインをベースに、意図的に空白を入れるアレンジをしながら、現代の暮らしにマッチするデザインを意識しています」

バロックのデザインは草木や花など自然がモチーフで、ひとつの点から広げていくように作られていく。そこには、師匠から教わった大切なルールがある。

「師匠によく言われたのは、『草はそんな風に曲がらないだろう』と」

「デザインは、実際の植物の動きを元にしているんですか?」(渡會)

「そうなんです。たしかに言われてみると、植物本来の形を無視した無理な曲線はやっぱり汚く見えるんですよね。自然の美しさを取り入れることが、造形的な美しさにつながるんです」

手を入れすぎるほど、汚く見えてしまう

「これは、一枚板から削り出していくんですか?」(渡會)

「昔はそうしてやっていたらしいんですが、実は1枚の原盤ではなく、高さのある部分だけを積み上げているんです」

「本当だ、よく見ると、うっすらと継ぎ目がわかりますね。運慶快慶の仁王像と一緒ですね」(渡會)

「そうです、部分的に積み上げて、圧着して、それがわからないように仕上げていく」

「1枚ものの原木から削り出しだと、どれだけ原価をかけているんだろうと驚きました(笑)」(渡會)

「そうですよね。ただ、コスト以外にも利点もあって、立体的で複雑な形状は、逆に1枚ものでは難しいんです。作業としてはデザインを起こし、木を積み上げて、あとはひたすら彫り込む。彫る段階に入れば、小さなパーツなら2日くらいで仕上がります。実際は手を動かす前の考えている段階の方が長いかもしれませんね」

「工事と一緒ですね。段取り8割、作業が2割。それにしても道具の数もすごいですね」(渡會)

「レザーと共通することですが、刃物の扱い方、切り方がすごく大切なので、やっぱり彫刻刀は重要です。切り口の美しさが大切ですし、ヤスリを使わず、仕上げまで彫刻刀のみなので」

「えっ、サンディングしないんですか? それすごいですね!」(渡會)

「サンディングすると、どうしてもエッジがだれてくるんです。シャープな線を出すには、刃物で仕上げるほうがいい。それに、刃物できれいな切り口を出せると、ツルツルになりますし、サンディングの毛羽立ちも出ません」

「わざわざ手作業でやるなら、それ特有のよさを出したくて。刃物で綺麗に切り出した方が、仕上がりがいいんですよね。料理なども同じかもしれませんが、ものづくりをやってると、手を入れすぎるほど汚くなることがわかるんですよね」

こだわりは、持たないほうがいい

最後に、松本さんのクラフトマンシップについて聞いてみた。作り手としてのこだわりは、何だろう?

「私自身は『こだわりは持たないほうがいい』と思っています。自己満足になると成長が止まっちゃうと思うので。3Dプリンターやレーザーなどの技術も発達していますが、そうした最新のものと戦うのではなく、いいものは柔軟に、貪欲に取り入れていきたい。ありきたりな言葉になりますが、やはり温故知新ということ。伝統を受け継ぎながら、新しい技術をどんどん取り込んでさらに良くしていきたい。ただ続けているだけでは意味がないですから」

「アート作品としての展開は考えてないんですか?」(渡會)

「なんか、偉そうかなって。引き立て役でいたいんですよね。自分の名前を前に出すよりも、買っていただいた方に『選んだ俺がすごいだろう』って思ってもらいたい。私はここで、ひっそりと作りつづける。そして買っていただいた人が喜んでくれるのを聞いてニヤニヤしていたいんです」

前半でも触れたように、そんな松本さんが木の魅力を知るきっかけとなった人が、同じ厚木にいるという。古材を扱うremarkという企業の代表を務める相澤さんという人だ。

「私のウッドカービングの木材はremarkからのものです。代表の相澤さんと出会って古材の面白さを深く学びましたし、いつも酒を飲みながら次に何を作ろうかとか、そんな話をしています」

次回のJOURNALでは、古材を扱い、内装や家具などの制作までを手がけるremarkに伺い、代表の相澤さんのクラフトマンシップについて触れていきます。

ORGAN CRAFT代表 渡會

普段から木材というものを頻繁に使いながら「空間」という全体を組み立てている僕らは、そこに備わるパーツ1つ1つにこだわりを持ち、作り上げていくクラフトマンの方々に大きな尊敬の念を覚える。ウッドカービングの世界でも日本ではまだ認知の少ないバロック建築に携わっていくことは勇気のいることだと思うと同時に、少しでも僕らも一緒にシーンを盛り上げる力添えができたらと思う。

TEXT:Masaya Yamawaka
Photo:Fumihiko Ikemoto(PYRITE FILMS

松本 伸志

https://www.instagram.com/pryo2.jp/

メーカー勤務後、2003年に独立。神奈川県厚木市で工房を構える。インテリアや小物などを中心にレザー加工を中心に手がけていたが、2017年にモスクワで教会装飾を手がけるウッドカーバーに弟子入り、伝統的なウッドカービングの技術を学ぶ。ゴシック、バロック、ロココ等の様式をベースにした木彫刻オーナメントの制作を続けている。

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