幅広い仕事の背景は
人と人との繋がりから
誰でも知っているビッグメゾンのショップや、空間作りが話題になった商業施設が、実は阿部さんの仕事ということは、けっこう多い。
具体的な名前が挙げられないのが歯がゆいけれど、阿部さんの仕事は東京のファッションやカルチャーシーンを裏側から支えている。
ORGAN CRAFT代表の渡會とは地元も同じ山形で、普段からの遊び仲間。ファッション出身の内装業と共通点も多い。
そんな阿部さんの仕事が評価を集める理由は何だろう? 見えてきたのは、普遍的な“いいクラフトマンの条件”でした。
茶沢通り、14時。施行中の現場に着くと阿部さんはウレタンをスプレーする手を止めた。「椅子とかなくてすいません、よかったらここ、座ってください」。工具のケースと、脚立に渡した板で即席のテーブルセットを作り「仕事に必要なものしか置いてなくて」と笑う。ポータブルのスピーカーからはHIPHOPのキックがいい感じに鳴っていて、「音楽はずっと鳴らしてるけど」と付け加えた。
ここまで何でもやる大工は少ないと思います
阿部さんは、内装施工を請け負う「FROG HARDWARE and CONSTRUCTION」、通称“FHC”のメンバーとして、アパレルのショップや商業施設、カフェや飲食店など店舗の内装を手がけている。ORGAN CRAFTの渡會とは10年来の遊び仲間だ。
「完成まであと2、3週間くらいかな? あそこが厨房で、こっちにテーブルか」と、渡會。同業ということもあって話は早い。
「スケルトンの状態から初めて今で30%くらい。これくらいの規模だと着工から大体1ヶ月前後くらい。アパレル店さんとか個人店だったら2週間で終わることもあるけど。ここは、立ち飲み屋になるんですよ」
ゴリラビルの斜め前、コンクリートがむき出しの40平米ほどのスペースが今の現場。企業系の大箱の内装もあれば、個人の繋がりから来る案件も多い。
「僕個人に来る仕事って、大体友達とか知り合いだったりするんで、お客さんとの打ち合わせとか見積もりから自分でやるんです。基本うちの会社は大体僕が現場回してるんで、そうするとイチから全部ひとりでやることになる。いやー、考えること多くて大変ですよ。現場監督と大工両方やるってことだから。大工の作業だけに集中できたら楽なんですけど、ははは」
耳に挟んでいた鉛筆で、手早く壁に線を描いて見せてくれる。「墨出し」という作業。
「普通は現場監督さんとかが墨を出しておいてくれるんです。そうすれば、大工は作業にだけ集中できるから」
「手を動かす前にやる事が多いんだよね」と、渡會も頷く。ORGAN CRAFTが会場装飾をディレクションするフェス<THE CAMP BOOK>の設営や装飾でも、墨出しは重要な作業になる。
「でもイチからひとりでできる分、予算のコントロールはしやすいかも。あとは、現場の感覚があるから具体的な提案ができる。『それなら、こんなタイルをこうして貼ったらどうですか?』とか。でも、ここまで何でもやってる大工、少ないと思います」
一般的な大工は工程ごとの分業制で、阿部さんのようなスタイルは珍しい。「僕たちORGAN CRAFTもクラフトマンの集合だから、全部自分たちでやるっていう意味だと近くて。自分で予算管理できる分、つい利益のこと忘れてこだわっちゃったりしない?」。渡會の言葉に、阿部さんも笑う。
「わかる。相手が喜んでくれるのを想像したら、残業すら楽しいって思えたりするんだよね」
内装大工としてファッションに関わりたかった
内装大工になって8年。これまで阿部さんが手がけた店舗の名前を挙げれば、誰でも知っている有名店がずらずら並ぶ。そのキャリアのルーツには、ファッションへの思いがある。
「ちょっと恥ずかしい話で、ファッションデザイナーになりたくて東京の専門に行ったんです。でも、東京に出ると自分よりすごいヤツらがいっぱいいて、挫折っていうか。それでもファッションに関わりたくて、ファッションショーの演出家の方に弟子入りしたんです」
ファッションの第一線の現場。徹夜続きのハードワークを熱意と根性で乗り切るような厳しい世界で、半人前の身には給料も少ない。演出の仕事も長くは続かなかった。
「演出もやりたいことと違ったんですよね。なんか、若者みたいで恥ずかしいですけど、ははは。で、その後3年ほど鳶やったりもして、縁があって今の会社でアパレルさんの店舗の解体のバイトをしたんです。そこでファッション関係の友達とまた繋がったんです」
ファッションという阿部さんのバックボーンは、アパレルを経験して内装業に行き着いた渡會とも同じ。「それぞれの現場で頑張ってる昔の仲間と、改めて繋がって一緒に何かを作れるのはいいよね」と渡會。
「それがすごく嬉しくて。店舗からファッションに関わることができるって、そう思って。アパレル時代の仲間が独立して自分の店を作るとき、内装っていう形で力になりたいって、そう思ったんです」
今では案件の何割かが、阿部さん個人の関係から生まれる。阿部さんの幅広い仕事の背景には、仲間や人との繋がりを大切にする心意気がある。
「昔の仲間とか、お世話になっている人から『お店作りたい』って話をもらうことも多くて。今作っているこの『コマル』っていう立ち飲み屋も、前からお世話になってる方の3店舗目。そういう風に仕事で関われるのは、嬉しいですよね」
後半では、阿部優樹のクラフトマンシップにふれる。
Text & Edit:Masaya Yamawaka
Photo:Takeshi Uematsu
阿部 優樹
https://www.instagram.com/yuki.abe
現場監督~大工仕事までこなす内装大工。FROG HARDWARE CONSTRUCTION所属。
ファッションデザインの専門学校を卒業後、ファッションの演出などを学びイベント制作会社に入社。その後、とび職などを経て内装大工の世界に。有名メゾンのフラッグショップなど、数々の作品を手掛ける。休日の過ごし方は酒と友人とキャンプ。(instagramのプロフィールより)