地元・白州の水を体現して生まれるクリエイション
日本酒を作る上で酒蔵に必ず必要な杜氏(とうじ)という職業を皆さんはご存じだろうか。その蔵で一番の責任を持つただ1人に与えられる称号「杜氏」。今回お話を伺った北原さんは、日本酒という、複雑な工程を経てしか生まれない、さらには原材料の米のでき栄えも年によって様々で、刻々と変化する酒造りの条件をクリアし進化し続けている稀な存在である。重圧と責任を背負う、そのクラフトマンシップに迫る。
小さい頃から酒蔵は遊び場のひとつだった
山梨県は北杜市白州町で、約300年。代々続く酒蔵の次男として生まれた北原亮庫さんは、物心つく以前から常に「酒蔵」が生活に組み込まれていた。幼い頃の遊びの場のひとつ、それが実家の酒蔵だったのだという。そんな環境の中、特に意識をすることなく、何気ない会話の中や空気感の中で、いつもその家業の存在が側にあったと北原さんは振り返る。
「学生時代はサッカーに夢中になっていました。高校時代まではプロを目指していて、サッカー三昧の日々。サッカー推薦での大学進学も検討しましたが、その後のことを考えるとプロの道は険しいなと思い諦めました。それで現実を突きつけられたというか。改めて、世間からの自分の評価を知ることになりました」
厳しい現実を受け止め、北原さんは思い切って大学進学は今までのサッカー生活とは全く関係のない分野を選ぼうと決意する。そんななか上京を決意。東京の大学を何校か見ていく中で馴染みのある「醸造学科」がある大学を見つけることに。東京農業大学だ。
諦めた夢から逃げるためなら、どこでも良かった
「本音を言うと、大学はどこでも良かったんです。進学について、それほど真剣に考えていなかったと思います。サッカーでプロになるという夢が砕けたときから、できるだけサッカーから離れたいという気持ちしかなくて、慣れ親しんだ山梨県を離れて自分の人生をリセットしたかったのかもしれません。だから農大へ進学しても熱心にその分野の勉強をするわけでもなく。やる気のない大学生の生活を過ごしていました。同級生には名だたる酒蔵のご子息もいましたし、周りからも『家業を継がないの?』と聞かれることがあっても『自分は次男だし』とのらりくらり質問をはぐらかしていたんです」
長くスポーツの世界に身を置いていた北原さん、今までは勝ち負けがはっきりしたシビアな世界にいただけに、「跡を継ぐから」と既に将来が決まってその立場に甘えているように見える人たちをあまり快く思っていなかったそう。あえて後継者同士のコミュニティには加わらなかったという。そんななか、時は2000年北原さんが20歳になった頃、とある相談を父親から持ちかけられたのだという。
大学時代に訪れた人生の転機
「農業法人を立ち上げて、米作りなども含めた多角的な展開の事業形態を始めたいと父親から相談されたんです。兄は小さい時から跡継ぎとして育ってきていて、その覚悟や自覚があったかもしれませんが、当時の自分には本当にそんな気持ちはさらさらなくて。ただ自分たちには下に妹もいて、俺がこの話を断ったらその責任が妹へいくことは分かっていました。それで悩んだ末に兄として妹に負担を掛けられないという気持ちで覚悟を決めたんです」
覚悟を決めた後の北原さんは人が変わったように真剣に醸造学科の学業と向き合うことになる。「やるなら徹底的にこだわる、そして絶対にほかの酒蔵に負けないものを造る」そう決意をし、そこから人が変わったように猛勉強を開始。新たな夢を見つけた北原さん、大学を卒業した後は、半年間アメリカの日本酒販売代理店へ出向し、帰国してからは岡山県の酒蔵で3年間修行に励むことになる。
INTERVIEW & PHOTO:Daisuke Udagawa(M-3)
TEXT:Yumiko Fukuda(M-3)
北原亮庫
https://www.sake-shichiken.co.jp
北原 亮庫
山梨銘醸株式会社 専務取締役 兼 醸造責任者
1984年生まれ、山梨県出身。
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七賢 @shichiken_sake (https://www.instagram.com/shichiken_sake/)
北原 亮庫 @rk0107 (https://www.instagram.com/rk0107/?hl=ja)
蔵元の次男として生まれる。韮崎高校へ進学後プロサッカー選手を目指したものの断念し、東京農業大学醸造学科へ進学。卒業後は半年間アメリカの販売代理店で働き、その後岡山県真庭市勝山の辻本店で3年間修行の為出向をした後2008年に蔵元に帰郷。2014年に醸造責任者に就任し、新商品の開発を展開していくなかで、スパークリング日本酒の開発を手掛け高い評価を得る。「SAKE COMPETITION 2017」では若手杜氏No.1に贈られる「ダイナーズクラブ若手奨励賞」を受賞。