JOURNAL

KEI MORIYAMA

前編

ガラスで絵を描くグラフィックデザイナー

小さい頃に憧れた、大人たちが集まる夜の街。そこを照らすのは決まってネオン管の光だった。どこか秘密めいて、ちょっと危なそうで、でも不思議に誘われる妖しいムード。

ネオンブームと言われて数年、今では話題のショップやレストランに行けば、クールなデザインのピカピカのネオンサインを見かけることは多い。いかがわしさ溢れる夜の繁華街から、トレンディな昼の街まで彩るようになったネオンサイン。それでも、あの蠱惑的な光は僕たちの心を無条件にざわつかせる。

グラフィックデザイナーからネオンの世界へ

「森山です。どうぞ入ってください」

そんな今の東京のネオンサインシーンのキーマンがいると聞いて尋ねたのは、大田区にある<シマダネオン>。僕たちORGAN CRAFTチームが扉を開くと、意外な自己紹介。「シマダネオンさんだけど、お名前はシマダさんじゃないんですか?」と、思わず聞き返してしまう。

「ちょっとややこしいんですけど、僕自身はシマダネオンの社員ではないんですよ。僕自身は<NO VACANCY>というブランド名でネオンサインのデザインや制作をしていて、その制作拠点が<シマダネオン>の工場という感じなんです」

聞けば、森山さんはもともとグラフィックデザイナー。今から4年ほど前、グラフィックの観点から、PCとは違うツールとしてネオンサインに興味を持った。60年代からネオンを制作する<シマダネオン>の存在を知り、修行させて欲しいと工場を訪ねた。

「最初は『ネオン管ならガラスで絵が描けるじゃん』って思ったんです。それで<シマダネオン>を見つけて尋ねたら、社長の島田さんは『仕事がないから、教えられないよ』と。『それなら、僕が営業して仕事取ってきてもいいですか?』と了承をいただいて、Webサイトを作ってSNSでの発信を始めたんです。それから<シマダネオン>の名前を借りてネオン制作の仕事をするようになっていきました」

森山さんが始めた当時はネオンブームの前。インターネットでネオン業者を検索しても、ほとんど引っ掛からなかった。そうした背景もあって、Web上に発信される森山さんのグラフィカルなネオンサインは注目を集めた。今では東京の街を歩けば、至る所で森山さんの仕事に出会う。例えば渋谷スクランブルスクエアのParadiseラウンジのネオン看板や、渋谷PARCOで行われたAKIRA展のオブジェ。Amazon Fashion WeekやMark Gonzalesのロゴサインに、野外フェスなどイベントの装飾と、挙げればキリがない。<NO VACANCY/SHIMADA NEON>のInstagramを開けば、見覚えのあるネオンサインがいくつも見つかるはず。

「この前は、渋谷センター街のGUの店舗の仕事をさせていただいたんですが、4ヶ月くらいかかった大作でした。トータルで800本くらいのネオン管を使って、入り口全面にネオンを配置したんです。点滅させて動かすので、動きのデザインから考えて。職人にはたくさん怒られましたけど(笑)、やりがいのある仕事でした」

ネオンはLEDと比べると施工も手間がかかり、破損のリスクもある。それでも、直線的に光るLEDには出せないネオン特有の光と、森山さんのデザインセンスに惹かれる人は増えている。

「僕たちORGAN CRAFTで手がける内装施工でも、ネオンサインの問合せは多いです」とORGAN CRAFT代表の渡會。

―うちはこだわりの強いお客様が多いのもあって、ネオン特有の光の質感やムードが欲しいという方は多いです。一方でコスト面からどうしても断念されることもあって。僕たちも、ネオンにはこだわるだけの価値と魅力があることを伝えていきたいですね。(渡會)

職人はお金では動かない

「ひとつ、作ってみましょうか?」 と森山さんは、バーナーに火を灯し、並べられたガラス管の束から1本を手に取り、チューブを口にくわえる。

「これが“原管”と呼ばれるガラス管。これをバーナーで炙って、手で曲げていきます。曲げたところが歪にならないよう、チューブで空気を吹き込みながら。曲げる工程は手作業の感覚値でやるので、めちゃくちゃ繊細です。デザイン画に重ねながら、1箇所ずつ手で曲げて形をつくって。管が完成したらガスを注入して、電極を取り付けて通電させれば光るという仕組みですね。使うガスは赤く光るネオンガスと青く光るアルゴンガスの二種類。ガスとガラス管の色の組み合わせで発色が決まるんです。せっかくだから、実際に曲げてみませんか?」

そう誘われて、渡會が挑戦してみる。ガラス管をくるくると回しながらバーナーで熱する。管が暖まったら、チューブからそっと息を吹き込みながら、直角に曲げていく。

―ああ、こういうことか! 均等な太さで曲げるのってめちゃくちゃ難しいんですね。自分でやってみたら、ネオンサインがどれだけ繊細な技術で作られているかが、よくわかります。(渡會)

「熟練のネオン職人は神業ですよ。すご腕の職人って、こだわりの強い人が多いですよね。お金では動いてくれない人たちというか。デザイナーとして企業に勤めていた時とは、コミュニケーションの質が全然違って、最初は驚きました」

―そういう気概は職人らしいですよね。以前うちの大工に自社の事務所をお願いしたら、『金はいらない』っていうんです。それじゃ悪いから払わせてくれって言うと『ちゃんと仕事回してくれて長く付き合っていこうよ。いつも助かってるよ。』って。(渡會)

「損得じゃなくて気持ちなんですよね。お金では動かないけど、缶コーヒーで動いてくれたりする。そうした人付き合いはすごく新鮮で、本当に面白いです」

インタビュー後半では森山さんが考えるネオンの魅力と、制作のこだわりに触れる。

PHOTO:Takeshi Uematsu
TEXT:Masaya Yamawaka(1.3h/イッテンサンジカン)

森山 桂

http://shimadaneon.com/

ネオンデザイナー/グラフィックデザイナー。デザイナーとしてPC以外のツールを模索しする中で、ネオンサインに出会いその魅力に取り憑かれる。ネオンサインブランド<NO VACANCY>を立ち上げ、東京大田区にあるネオンサイン製造会社<シマダネオン>をベースに活動。デザインを融合させた新たなネオンサインを手掛ける。

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