BACKSTORIES

「家族の思い」が詰まったギャラリー

オルガンクラフトが手がけるリノベーション案件を紹介するバックストーリーズ。今回は、下町情緒に溢れた深川の横丁「辰巳新道」が舞台。主役はアートとコーヒーを愛する下町育ちの姉妹。2022年10月にオープンした「ギャラリーダイジロ」には、そんな姉妹の「家族を思う」気持ちがたっぷりと詰まっていた。今回のリノベーションを担当したオルガンクラフトの建築デザイナー、山下さんと共に話を伺った。

<Profile>
世帯主/姉の鈴木雅美さん、妹の野口美紀さん姉妹。東京都江東区は「門前仲町」駅からすぐの下町情緒あふれる横丁「辰巳新道」に位置する、父親の生家である長屋の1軒を2022年にリノベーション。同年10月に「ギャラリーダイジロ」と雑貨販売とコーヒースタンドの「雑貨屋カフェパパルナ」が併設する、ギャラリーカフェとしてリスタートさせた。

■Info「ギャラリーダイジロ」東京都江東区門前仲町2-9-11

築70年の家をギャラリーにしたい

昭和レトロな雰囲気が漂う江東区は深川の横丁。味わい深い飲食店が所狭しとひしめき合っている。夕暮れ時になるとそんな風情に誘われた人々で通りは賑やかに。この地で生まれ育った画家の渡辺大二郎。2022年10月に、彼の生家である2階建ての4軒長屋の1軒がリノベーションされ、アートとコーヒーが楽しめるギャラリーへと生まれ変わった。そのリノベーションを計画したのは、渡辺大二郎の娘である鈴木さん(姉)、野口さん(妹)の姉妹である。

「ここは戦後間もない頃に、私たちの父が生まれ育った家で、築で言うとおよそ70年くらい。当時、祖父は戦争で亡くなってしまい、祖母が女手ひとつで父親たち3兄弟を育てた家なんです。ここの1階で祖母は小料理屋を営んでおり、大変な苦労をしながらも3兄弟をちゃんと大学まで卒業させたといいます。ちなみに料理は大の苦手だったようです(笑)」(鈴木さん)

3兄弟が成人してそれぞれ独立した後、祖母は近所へ引っ越しをし、この長屋の一角はしばらくの間、賃貸をして飲食店などが続いていた。2020年、コロナ禍の影響もあり空き家となった。この頃より、鈴木さんと野口さん姉妹は、リノベーションの計画を立てる。

「数年前に亡くなった父は画家でした。そして私も絵の仕事をしており、ギャラリーを持つことはかねてから父と私の夢でした。そして父の家が空き家になったタイミングで、なんとかこの場所をギャラリーにできないか、と考えるようになったんです。妹にも相談して、すぐに動き出しました」(鈴木さん)

リノベーション工事は無理かも

様々な不動産屋や施工会社へ問い合わせてみるものの、工事や予算の条件が合わず、リノベーションの実現にはほど遠い状態が続いた。

「その時にお話をした施工会社さんからは『目の前の道が狭く、さらに長屋の一軒のみの工事は困難。そして老朽化が進んでいる2階スペースは、今後もう使えない』といった指摘がありました。そもそも工事の見積もりを出して頂くと想定以上の高額で、とてもじゃないけど払えなくて……。1階にコーヒーが出せるようなキッチンスペースが欲しい、という私の希望も工事を難航させる要因になっていたようで、リノベーションの実現がどんどん遠ざかっていきました」(野口さん)

すっかり意気消沈していた鈴木さんと野口さん姉妹。そんな時に出会った「リフォーム不動産 深川studio」という地元の不動産会社から朗報が入る。「オルガンクラフトという会社なら、理想通りのリノベーション工事を引き受けてくれる」と。

「鈴木さんたちのオーダーは、主に1階はギャラリーと雑貨販売のスペース、そしてコーヒースタンド。2階はワークショップなどを開ける多目的な空間にして欲しい、というものでした。ここはとてもコンパクトな空間ということもあり、『絵を飾れる壁をとにかく多くしたい』と伺っていたので、“作品を自由に飾ることができる壁の最大限の確保”を一番のテーマに、設計しました。もともとの壁の上にラーチ合板という丈夫な板を足してくぎを打てるようにして、1階はどこでも好きなところに絵を飾れるようにしています。他には、コーヒーを淹れるためのキッチンや、雑貨の在庫用の収納も作らないといけなかったんですが、壁を減らしてしまわないように、新しく作り替えた階段の下にできたスペースを使いました。階段側にある壁は、作品を飾るスペースでもあり、3つの収納扉にもなってます。」(デザイナー・山下さん)

壁の塗装は自分たちの手で

姉妹が理想としていたギャラリーが少しずつ形になっていく中で、「壁や床の塗装は自分達の手で行おう」と決意したという。

「元々は、室内すべてを真っ白に塗ろうと思っていましたが、山下さんの提案もあり、建築当時の桜の木の天井や柱の部分は手を加えずそのまま残すことにしました。70年もの間、家族と家を守ってくれた木材、長い年月を経て育ってきた木のエイジングはそのまま大事に残そうと」(野口さん)

二人は、これから展示される作品のための白いキャンバスを用意するかのように、大切な柱や梁、天井部分を残して、丁寧にペンキを塗った。「塗装を自分たちでやることについては、本音を言うと予算の都合(笑)」と謙遜する鈴木さん、野口さん姉妹。しかし、家族の思い出が詰まった家のリノベーションでの仕上げ工程を自分たちで行うことで、このギャラリーにかける愛情が一層深いものになったという。

看板のロゴは、画家の父・渡辺大二郎さんが自身の絵画に入れていた手描きのサインによるもの

 

家族が団結しひとつに

「父の生家だった家をリノベーションするにあたり、妹と久しぶりにたくさん話をしました。仕上げの塗装は、うちの家族や妹の家族も手伝ってくれて、母もその様子を見に来るなど、家族みんなが団結して、改めてひとつにまとまったような感覚がありました。元々は祖母が住み、父が生まれ育った家。それがこういった形で私たちにバトンタッチされ、また次の娘の代へ受け継いでいけたら、いいですね」

家族の思いは受け継がれている。父と娘の夢が叶い、今度は誰かの夢を叶える場所がこの「ギャラリーダイジロ」だ。このギャラリー名は、もちろん父(渡辺大二郎)の名前に由来している。1階はギャラリーとコーヒースタンド、2階はワークショップを開いたり、家族が時々くつろいだりできる場所に。最終金曜からの5日間とその他不定期で、セレクト商品や手作り雑貨の販売を行うという。下町情緒に囲まれた「ギャラリーダイジロ」には、今日もアートとコーヒーを楽しみたい人たちが訪れる。

Photo&Text:Daisuke Udagawa(M-3)