JOURNAL

YASUO ISHII

後編

コーヒーに生かされて今の僕がある

2010年にスペインバルをオープンし、わずか数年で7店舗までに拡大させた石井さん。しかし、現在、石井さんが経営しているのは今回取材に伺った「LEAVES COFFEE ROASTERS」のみだという。その決断に至った経緯や、コーヒーに魅せられた原点、そして1番の相棒とも言える特別な意味を持つ焙煎機との出会いなど、その歴史を紐解いていく。

 

コーヒーとの運命の出会い

2010年、石井さんには大きな転機が訪れた。1つは自らオープンしたスペインバルのお店。そして2つ目は、その新店舗祝いとして友人から贈られたスペシャリティコーヒー。今まで「黒くて苦い」としか思っていなかったコーヒーとは全く違い、その美味しさに衝撃を覚えたという。石井さんが本当の意味でコーヒーと出会ったのはこの時だった。フルーティな香りと複雑な味わい、特別な旨味。そんな新しい出会いと共に最初のお店をオープンさせたのには、ある理由があった。

「飲食業という、目の前で直接お客さんに喜んでもらえる仕事が自分のスタイルに合っていたんでしょうね。1件目のスペインバルの店舗が軌道に乗ると、僕の元で働きたいと言う人たちが次第に集まってくるようになりました。例えば『石井さんと仕事がしたい』と頼まれても、お店はすでにシェフもホールも人が足りているような状態でした。だから、もしも強く懇願されたらその人に合った新しいお店をオープンさせるというパターンを繰り返して、どんどん店舗が増えていったという感じです」

 

本当に自分のやりたいことを

しかし、そんないい状態は長くは続かなかった。「石井さんと一緒に働きたい」と言ったスタッフは2〜3年もすると「自分の店を持ちたい」に変わり、独立してしまうということが続いたのだ。誰かが辞めれば、新しい人材を雇い入れるしかない。もちろん石井さんも最初の頃はそうしていた。しかし、元々辞めていった人のために作ったような店舗。内装やメニューはもちろん、その人のためにカスタマイズされたものを、次に入ってきた人にピタリとハマるわけもなく。少しの違和感が大きな違和感へと変わっていった。そして、飲食業界が今もなお大きなダメージを受け続けている、コロナ禍の時代への突入。

「2019年の10月にコーヒー店以外のお店は事業譲渡をしました。人が多くなればなるほど、僕自身が現場の仕事から遠ざかり管理や経営の方にシフトしていくしかなくて。そうなると時間がいくらあっても足りないような状態でした。限界だと思ったんです。それなら経営を今いるスタッフに託して、自分が本当に求めているコーヒーの道へいこうと決意したんです」

 

「世界中で一番おいしい」を求めて

バルを経営した頃から、徐々に良質なコーヒーへと重点を置いた店作りをしてきた石井さん。しかしその頃は北欧から仕入れた美味しい豆を探して買い付けをしていた。しかし、次第に生まれ持っての並外れた嗅覚と、元来のストイックさからその豆に疑問を持つようになる。そしてコーヒーに対する想いが日に日に増していくのを感じた。最初は美味しいコーヒーが飲めるお店を探すことから始まった探究心は留まることを知らず、次には自分で淹れたいと思うようになり、淹れられるようになれば今度は誰かに飲んでもらいたくなった。そして理想の生豆を自分が最高に美味しいと思う方法で焙煎したいと思うように。それは、石井さんの性格からするとごく自然なことだった。

「世界一の味はどの国のどのお店のものなんだろう?と思い、アメリカや北欧をはじめ、世界各地を巡る旅をしました。世界の名だたるロースターを巡って、特徴をノートに細かく書き込み、好きなコーヒーを出すお店を1件1件ピックアップしていったんです。そこで本当に『美味しい』と思ったものが、なんとすべて同じ焙煎機で煎られたものだという事実に辿り着いたんです。ドイツ製の(※注1)Probat(プロバット)UG-15。今僕の右横にあるこの機械です」

(※注1)プロバット(Probat)1868年の創業。コーヒー焙煎機や焙煎プラント。コーヒーならではのアロマの醸成、維持やコーヒー豆の酸化防止、割れ防止のための数多くのノウハウが生かして製造されており、世界中の焙煎士から絶大な信頼をおかれるブランド。UG-15は1950年代に製造された機械のため、現在では取り扱いなし。

左横にあるのは、2020年製が焙煎の世界大会で使用される基準機にもなっているGIESEN W6A。

 

自分の感覚を信じて

しかし、このUG-15、手に入れたくとも現行品はすでになく50年以上前に製造されたドイツ製のものを探すほかに手段はなかった。インターネットや人脈を頼り、石井さんは探し続けた。あの時、自分が経験した「美味しい」を信じて。そんな折、とある仲介業者から連絡が来たのは探し始めてから1年半が経過した頃。値段はかなり高額なものだったが、石井さんは自分の味覚を信じ、躊躇せずにその料金を支払った。

「数ヶ月間にも及ぶ船便を経て、実際にUG-15がドイツから届いてもすぐに使える状態では無かったんです。年代もので外国製ともなれば、仕様の何もかもが違って最初は本当に動くのだろうか? と思えるほどでした。すると、現存するアンティークのプロバットを触れる人との出会いがあり、1週間以上かけて色んな場所を触りながら一緒に試行錯誤しました。動いた時の喜びは言葉では言い表せないくらい感動したことを昨日のことのように覚えています」

 

目の前にある笑顔のために

そんな紆余曲折を経て2019年1月にオープンした「LEAVES COFFEE ROASTERS」。今の気持ちや今後のことについて改めて石井さんに聞くと。

「僕は誰にも習わずに自己流でここまで進んできました。自分の嗅覚や感覚を信じて。そして何より目の前にいるお客さんに喜んでもらえることを願って。積極的には宣伝活動をしないというスタイルも、必要な人にこそ届けたいという思いのためでもあります。

ここには「LEAVES COFFEE ROASTERS」のコーヒーを求めて多くの人たちが来てくれます。僕は目の前にある、自分で見たものしか信じない。だからこそ、目の前のお客さんの反応がすべてであり、リアルだと思うんです」

最後に石井さんにとってコーヒーとは。そしてそのクラフトマンシップとは。

「実は僕はコーヒーに生かされているという感覚がずっとあって。大好きなものを仕事にできて、それで生活もできています。そして、2年ほど前からグルテンフリーの生活へとシフトしました。その結果か前よりも嗅覚が鋭くなり、コーヒーをより深く理解することができるようになったんです。何かを得るために何かを犠牲にする、そして愛を持って大切なものに接すること。それが、僕の思うクラフトマンシップです」

 

INTERVIEW & PHOTO:Daisuke Udagawa(M-3)
TEXT: Yumiko Fukuda(M-3)

石井康雄

https://leavescoffee.jp

「LEAVES COFFEE ROASTERS」コーヒー焙煎士
1982年生まれ、東京都出身

高校生でプロボクサーとしてデビュー。19歳の時に怪我のため引退。その後は飲食店を数店舗経営するも、珈琲に集中したい想いから全ての店を譲渡し、2019年1月に「LEAVES COFFEE ROASTERS」(リーブス コーヒー ロースターズ)を東京・蔵前にオープンさせる。夢は焙煎の世界チャンピオンになること。趣味は1950年代頃のアメリカやフランスのハンドメイド眼鏡の収集。好きな言葉は「自分の仕事をしなさい、そうすればもっと強くなれる」※書籍『自己信頼』(ラルフ・ウォルドー・エマソン著)より。


<店舗情報>
LEAVES COFFEE ROASTERS(リーブス コーヒー ロースターズ)
東京都墨田区本所1丁目8−8
03-5637-8718
10:00〜17:00
営業日:土・日・月曜・祝日
定休日:火曜〜金曜
Instagram:@leaves_coffee_roasters
HP:https://leavescoffee.jp/

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