JOURNAL

TSUTOMU MORIYA

後編

効率や便利さに逃げない覚悟

日本有数の人気ステンシルアーティスト守矢努。現在の活躍に至る葛藤と転機に触れた前編に続き、後編では制作における独自のルールに触れる。

アシスタントもいない、機械も使わない

ステンシルの作業を実際に見せてもらう。デザインをもとにカッターで型紙を切り出し、ペイントし、ドライヤーで乾かす。それらすべてを守矢さんはひとりで淡々とやる。アシスタントもつけず、すべて手作業だ。

「人を雇って人気の版をどんどん刷った方が効率はいいでしょうね。型紙にしても、機械を使えば簡単に切り出せるんですよ。手作業と機械で、仕上がりが大きく変わるかと言うと、ぱっとじゃわからないくらいだと思いますよ」

それならどうして全て手作業で、ひとりでやるのだろう。

「うーん、なんというか、気が乗らないんですよね。機械化して流れ作業的にやって多少儲けたとしても自分が楽しめないだろうし。それに、もうそういう時代じゃないっていう直感があるんです。世の中はより効率的に、便利でスピーディーな方向へと進んでいくと思うけど、それを続けていくと、どこかでダメになってしまう気がする」

効率や利益だけを求め続けると、ダメになってしまう。そんな守矢さんの思いはワークショップでのプリント代にも反映されている。

「初期は宣伝も兼ねてワンポイント500円にしてみたんですよ。でも、それだと自分にもお客さんにとってもよくなかったんです。“安くて手軽だから”という理由で手に入れても、思い入れが生まれないんですよね。ちゃんと対価をいただいてその分時間をかけて、コミュニケーションをとりながら丁寧に作る方が、僕もお客さんも満足感が高かったんです」

豊かさや贅沢さというのは、効率や損得では測れない手間や心を味わうこと。それを大切にする人たちが、しだいに守矢さんのステンシル作品を求めて、ワークショップに集まるようになっていった。

「機械で刷ったものを1000円でサッと買いたい人もいれば、手づくりの5000円のものを求める人もいて。どっちが好きかっていうことだと思うんです。僕のところに来てくれる人は、後者。そもそもカスタムする行為が “人と同じじゃ嫌だ”っていう気持ちから生まれますからね。僕もお客さんもへそ曲がりなのかもしれないけど(笑)。でもその気持ちに応えたいし、祈るように切って、祈るように刷ってますよ。それは仕上がりにも反映されるんじゃないかな」

創作を支えるのは「道具を大切にすること」

アートディレクターとしての30代、ステンシルアーティストとしての40代。そして今は抽象画を描きはじめているという。常に新しいチャレンジに向かう意欲を支えるものは、何なのだろう。

「それはけっこうシンプルで、身の回りを整えること。それこそクラフトマンシップにつながると思うけど、道具を大切にするって、すごく重要ですよ。例えばスプレー缶のノズルが汚れていると、いいしぶきが出せないんですよね。だから僕は、1日の終わりに『今日もありがとう』っていう気持ちでスプレー缶を拭くんです」

「それに道具を丁寧に扱うと、気持ちがクリエイティブに向かっていくんです。細かなところまで意識が向くようになって精度が上がる。自分の意図をより的確に表現できるようになるし、すると課題も次の展開も見えるんです。ここまでインクの精度が出せるなら、抽象的な表現でも耐えるものが描けるんじゃないか、とか。若い頃はアイデアって突然降ってくると思ってたけど、そんなことないんですよね。日々の積み重ねの先に、次が見えてくる」

消そうとしても滲み出るものが個性

世の中にはたくさんのステンシル業者があり、ステンシルを使うアーティストも少なくはないだろう。その中で、守矢さんのオファーが絶えないのはなぜだろう。他のステンシル作家との違いについてどう思うか、本人に聞いてみる。すると、「人柄」という意外な答え。

「メシ屋とかで、味は好きだけど店員の態度が悪くて行かない店とかあるじゃないですか。厨房の裏で若い子をめちゃくちゃ叱ってるとか。あれ見ながらメシ食うのってツラいですよね(笑)。それよりも、味はそこそこでも夫婦で楽しそうにやってる食堂の方がトータルで美味いみたいな。それと同じじゃないですかね。ステンシルのクオリティが高いのは大前提で、その上で何が違うかというと人柄じゃないですかね。別に僕の人柄がいいとかじゃないですよ。その人が伝わるかどうかっていうか。だから僕はワークショップでもドライヤーしてる間までずっと喋ってる(笑)。例えば野菜買うにしても生産者さんのこだわりを知った方が、より深く味わえたりするじゃないですか」

「僕の作品は、文字が基本だしデザインもシンプル。あまり足し算をしないんです。それくらい客観的な方がかっこいいと思うから。昔は奇を衒ったようなのも作りました。でも、自分らしさって無理に出そうとしなくても滲み出るものなんですよね。そもそも誰もが違う人間なわけだし、どうしたって本人が出る。これだけやってきて、たどり着いたのは人柄っていう(笑)。でも、結局それしかないと僕は思うんです」

取材の日、守矢さんが表紙を手掛けた2003年の<relax>を家の本棚から引っ張りだして持っていくと、上から新しいペイントを刷ってくれた。守矢さんのステンシルが17年の時を超えて僕たちを繋いでくれたのだ。そして、本棚で眠っていた古い雑誌は新しい思い出とともに大切な宝物になった。

※本記事は2020年10月に取材させていただいた記事になります。

 

TEXT:Masaya Yamawaka(1.3h/イッテンサンジカン)
PHOTO:Fumihiko Ikemoto(PYRITE FILM)

守矢 努

https://www.instagram.com/tsutomu_moriya/?hl=ja

1969年生まれ神奈川県出身、東京在住。ルーツを長野県諏訪市に持つ。桑沢デザイン研究所卒業後、CDジャケット、アパレルブランド、コンサートグッズなどのデザインを中心に活躍。2002年にオリジナルブランド<ILA.(アイラ)>を設立。現在はステンシルアーティストとして<ILA. STENCIL SERVICE(アイラステンシルサービス)>という屋号でFUJI ROCK FESTIVALなどでフェスやイベントを中心にワークショップを開催。NEW ACOUSTIC CAMP ではフェス全体のアートディレクションも手がける。全国各所で個展も。

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