古い物を蘇らせるアップサイクルのアート
服やアートピースの制作、日本各地での展示にワークショップ、音楽フェスや店舗の装飾と縦横無尽の活躍。ブランドやメディアからコラボレーションのオファーも絶えない、ステンシルアーティスト。その創作を支えるクラフトマンシップとは?
日本有数の人気ステンシルアーティスト
ステンシルとは、型紙を切り抜いてスプレーやペンキで文字や絵柄をペイントする手法のこと。ミリタリーウエアやアメリカの古い雑貨でよく見かけるはず。あるいは、バンクシーの作品をイメージしてもらう方がわかりやすいだろうか。ストリートカルチャーではポピュラーというか、もはやクラシックに近い手法でもある。
そんなステンシルの手法にこだわり、20年近くアーティストとして活動しているのが守矢努さんだ。守矢さんのキャリアのスタートはデザイナー。一線のアートディレクターとして、東京スカパラダイスオーケストラや真心ブラザーズなど名だたるアーティストのCDジャケットやツアーグッズをいくつも作ってきた。あるいはBUDDHA BRANDの「ブッダの休日」のジャケットをデザインした人と言えば、わかる人にはグッとくるだろう。
「長いあいだグラフィックデザインの仕事がメインだったんですよ。今はステンシルの方が比重は大きいかなあ。デザインはオフィスで制作するけど、ステンシルだと各地でワークショップやって、お客さんの目の前で刷ったりもするんです。それが楽しくて」
守矢さんがステンシルを始めたのは2000年代に遡る。当時のカルチャーを通過した人なら<ILA.(アイラ)>というファッションブランドに聞き覚えがあるかもしれない。ストリートファッションの黄金期に、さまざまな服にステンシルでプリントしまくっていた、知る人ぞ知るブランド。それをやっていたのが守矢さんなのだ。
「当時はアーティストやデザイナーがこぞってプリントTシャツを作って、それがめちゃくちゃ売れてて。僕も何かやってみようと、古着にオリジナルのステンシルを入れ始めたのが最初。コンセプチュアルアート的に意味のある言葉やメッセージをプリントして自分で着てたら、友達周りからけっこうウケたんですよね。それのうち、アパレル企業からブランドにしませんかと話をもらって<ILA.(アイラ)>が始まったんです」
そして、守矢さんが作ったステンシルの服を見たアートディレクターの小野英作さんから連絡が来る。伝説的カルチャー誌<relax(リラックス)>の表紙用アートワークの依頼だった。relaxは当時ユースカルチャーの教科書的な雑誌で、絶対的な人気を誇っていた。
「ステンシルの服を作って着ていたらブランドになって、憧れの雑誌の表紙を頼まれて。興奮しましたね。自分の作品が、階段を何段も飛び越えて世に広がっていく感じが。じゃあ、これを期にステンシルアーティストとして大ブレイクしたかというと、案外そうでもなくて(笑)。しばらくは真面目にアートディレクターやりながら、ステンシル制作を続けていました」
目の前で作品を刷る。その行為が心を救ってくれた
転機になったのは2011年。多くのターニングポイントがそうであるように、それは悲劇の形で訪れた。音楽がデジタル配信へと移る中でCDジャケットの仕事に限界を感じていた。アパレルブランドの契約も終了した。震災があり原発事故が起こった。40代になった守矢さんは途方にくれていた。
「親が病気になったのもあって、いろいろと生き方を考えざるをえない出来事が重なったんです。そんな時救いになったのがステンシルで。震災後のチャリティーでステンシルのワークショップをやり始めたんですが、お婆ちゃんや子供がめちゃくちゃ喜んでくれたんですよね。人と会って一対一でものを作るって、素敵なことだなあって。弱っていた自分の心が逆に救われるようでした」
日本中で一斉に並べられるCDジャケットのデザイン。それと比べると、ステンシルは1回で1人にしか届かない。でもそこには、自分の作品を目の前の人のために作るという、数字では測れない喜びがあった。守矢さんはステンシルに軸足を移して各地でワークショップを続けた。
「音楽フェスとかだと『今着てるこのTシャツにステンシル刷ってください』っていう人もいて。そのうちエスカレートして、みんな色んなもの持って来るんですよ。パーカーにシャツ、テントに椅子とか。汗むんむんのスニーカー脱いで渡された時はぎょっとしたけど、文句言わずにやる(笑)。すると、僕は同じ版を刷っているだけなのに、勝手に色んな作品が生まれていくんです。それが面白くて。次はどんなの持ってくるんだろうって。あの時期に刷りまくって、かなり鍛えられました」
「ある人に言われたんです『守矢さんの活動ってアップサイクルですよね』って。確かにそうだなって。パーカーのシミを隠すこともできるし、タンスに眠っている服でもステンシルを入れたら見違えることもある。捨てるものを蘇らせるって、ものが溢れる今の時代にいいことだよなって。これからは、安く大量に作って売る時代じゃないと思うから」
後半では、守矢さんが考える、ものが溢れる現代のクリエーションについて聞く。
※本記事は2020年10月に取材させていただいた記事になります。
TEXT:Masaya Yamawaka(1.3h/イッテンサンジカン)
PHOTO:Fumihiko Ikemoto(PYRITE FILM)
守矢 努
https://www.instagram.com/tsutomu_moriya/?hl=ja
1969年生まれ神奈川県出身、東京在住。ルーツを長野県諏訪市に持つ。桑沢デザイン研究所卒業後、CDジャケット、アパレルブランド、コンサートグッズなどのデザインを中心に活躍。2002年にオリジナルブランド<ILA.(アイラ)>を設立。現在はステンシルアーティストとして<ILA. STENCIL SERVICE(アイラステンシルサービス)>という屋号でFUJI ROCK FESTIVALなどでフェスやイベントを中心にワークショップを開催。NEW ACOUSTIC CAMP ではフェス全体のアートディレクションも手がける。全国各所で個展も。