JOURNAL

SUZUMI KANEDA

後編

5月の空を舞う、思いが詰まった鯉の家族

初代川尻金龍がスタートさせた、江戸手描き鯉のぼり。一度途絶えた手描き鯉のぼり作りの手法を、三代目金龍こと金田鈴美さんが見事に復活させた。後編は、秀光人形工房の年間での動き、鯉のぼりの歴史、ものづくりのこだわりなどを聞いた。

売り出す為の準備期間

一般的に、1年間の中で特定の期間だけ飾られる鯉のぼり。需要がある時期は全国一斉に重なり、その時期までに十分な在庫を製作する必要がある。果たして、どんな1年を金田さんは送られているのだろうか。

「メインの製作時期は5~11月ですね。付きっ切りで染色と縫製を行い、その後は袋詰めや箱入れなど実際に商品を売る準備の作業に移っていく流れ。お正月に使用される羽子板や破魔弓、お雛様、五月人形を作る職人たちも同様のスケジュールです。納品の締切である11月は特に忙しく、時間との戦い。うちでは鯉のお腹部分へ子供の名入れ、吹き流しの先端に家紋を書くオーダーメイドも承っていますのでレギュラー製品と別軸の生産ペースを頭の中で考えながら製作しています」

今では効率的に手描き鯉のぼりを作れるようになった金田さんだが、最初に製作したものは5か月もの日数を要したという。仕事の合間で試行錯誤しながらようやく先代から「商品として売っていいよ」と許可を得たのが今では思い出深いエピソードだと教えてくれた。

 

江戸時代から続く風習、なくしたくない思い

鯉のぼりの歴史は古くは室町時代から遡る。武家、貴族など身分の高い人たちの風習がルーツだ。子供が誕生した年の端午の節句にお祝いとして節句旗や幟を飾っていたが、江戸時代になると商人たちがだんだんと裕福になっていく。

「商人も『自分たちも子供の誕生を神様に報告し、守ってもらいたい』と思っていたそうですが当時は階級社会なので武家と同じ風習をすることがご法度でした。そうした経緯もあり立身出世を意味する中国の故事にあやかって和紙に鯉を書き、筒状に仕上げて空に掲げ始めました」

お雛様や五月人形、鯉のぼりも子供の健康や無事を願う意味で飾られていた。現代と異なり、病気になっても特効薬という概念がなかった。幼少期から大人になるまで成長できなかった子が多かったことから神様に守ってもらう為にお祈りをする流れになっていったのだ。

「近年、伝統的な風習が意味も分からないままなんとなく流れで行われている事象もよく見かけます。子供が産まれた喜びを感じ、成長を願う行事だからこそ歴史を知ることでより親子の絆も深まるんじゃないかな。あとは単純に大きな魚が空を泳いでいるとお子さんも喜ぶし楽しいじゃないですか、これからも日本の風景としてずっと残していきたいですね」

 

仕上がりを左右する染料作り

 

手描きの製造において、同じクオリティのものを作り続けることはなかなか難しいと聞く。特に、染料作りは非常に大切な要素。難しい分バチっと決まった時はとても嬉しい瞬間だという。

「どうしても布に水分が含まれるので、天気を読みながら染料を作っていくんですが正解が毎日違います。感覚的に作っている分、経験が必要な業務。気を抜くと滲んでしまうし、滲まないように粘土を固く作ると筆がうまく動かないこともある」

製作期間は梅雨や台風の時期もあり、染料作りはシビアな調整が必要。値段に見合う商品をお客様へ届ける為、職人として目に見えない部分でもこだわりを持って一つ一つに取り組むと語る姿が印象的だった。

 

作り手も買い手も、脈々と受け継がれていく

一度買ったら何年も使い続ける鯉のぼり。特にハンドメイドで作られるものは壊れにくいし買い替え需要が頻繁に発生しない印象がある。新規で購入してくれるお客さんは口コミで来てくれる方がほとんど。

「うちの場合は3代続いていることもあって、自分のお父さんが子供の頃に買ってもらった鯉のぼりが秀光人形工房だったから、新しく誕生した子供にも同じ場所で買ってあげるというパターンが多いです。手描きのものは高額だし、どこで買ったらいいのかわからないという方もたくさんいらっしゃるので知り合い伝いに紹介いただいてご購入いただくこともあります」

最後に、金田さんはこう続けた。

「私の鯉のぼりが好きだという気持ちは誰にも負けないと思う。2代目からはあまり教えてもらうことはなく初代が残した材料や失敗作から研究して復活を遂げてこれたという自覚もあるし、この先も昔からの作風は主軸において時代に合わせて柔軟に仕様変更にも対応しながら一生モノづくりを続けて次の代にバトンを渡したいですね」

背負った看板が大きければ大きいほど、受け継ぐ者のプレッシャーや努力は並大抵のものでないだろう。金田さんは、しっかり運命と向き合いモノづくりと関わってきた。これからも空を舞う鯉のぼりのように、楽しみながら日本の空を彩ってくれることだろう。

INTERVIEW & TEXT:Mitsuaki Furugori
PHOTO:Fumihiko Ikemoto(PYRITE FILM)

金田 鈴美

https://www.instagram.com/kinryu_koinobori/

秀光人形工房 手描き鯉のぼり職人
三代目金龍 金田鈴美
https://www.hinakoubou.jp/

1992年生まれ、東京都出身。
「秀光人形工房」の長女として生まれ、幼い頃から鯉のぼりや雛人形といった節句飾りの製作現場に触れる。大学卒業後は家業へ活かすべく雛人形製作を行いながら江戸手描き鯉のぼり職人への道を目指す。初代川尻金龍は幼少期に亡くなっていたが、手元に残っていた初代の失敗作を元に数年間の修行を経て江戸手描き鯉のぼりを復活させる。数年の修行期間を経て、「三代目金龍」を襲名。現在も伝統的な技法で製作を続けている。

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