JOURNAL

SUZUMI KANEDA

前編

一度途切れた歴史を紡いだ、若き三代目のストーリー

江戸時代から続く、日本古来の伝統行事「桃の節句」や「端午の節句」は、宝である子供の誕生を祝い、神様から守ってもらう為にお祈りを捧げる習わしだ。今回は、端午の節句に欠かせない空を泳ぐ鯉のぼりにフォーカス。江戸唯一(注1)の手描きで染める鯉のぼり職人、“三代目金龍”こと金田鈴美さんのクラフトマンシップとは。

注1:おひなさま工房 秀光人形工房 HPより
https://www.hinakoubou.jp/read/detail/id=831

生まれ育った環境が作った人間性と才能

千葉県は市川市に位置する「秀光人形工房」創業50周年を迎えた歴史ある会社の長女として金田さんは産まれた。今では工房唯一の江戸手描き鯉のぼりを手掛ける職人だ。

「小さな頃から伝統工芸品を製作する家庭で育ったので、遊び場は専ら工房の中でした。秀光人形工房は当時からお雛様や五月人形、鯉のぼりなど様々なものを作っていたので職人さんがたくさん働いていて。可愛がられるというか、育ててもらっていたみたいなところはありますね。そういった環境もあり、自然とモノづくりに対して興味を持っていました。他の職人さんの真似っことかしていて、将来はその頃から自ずと何かを作るということは意識していたのではないかな」

 

すぐには携わることはできなかった鯉のぼり作りへの道

当時は東京都・小岩にあった秀光人形工房。江戸の文化を担う重要な産業の中枢で育った金田さんは、導かれるように女子美術大学という芸術系の付属中学校から同一の高校、大学と通うことになる。

「大学ではデッサンなどを学びながら、幼い頃から憧れていた鯉のぼり作りをやりたいと本格的に思い始めていました。卒業後の進路は自分の中では決めていたので、早く自分で鯉のぼりを作ってみたいという思いで学生生活を送っていました」

大学卒業後、実家が営む秀光人形工房に入社した鈴美さんだったが、最初から鯉のぼり製作に関わることはできなかった。

「高校の頃から鯉のぼりに対する勉強はしていたんですが、入社当時はお雛様の製造をやっていました。その仕事の傍らで鯉のぼりの修行をする日々。なぜかというと、手書き鯉のぼりは手間がかかるわりに利益率が低く儲からないんですよ(笑)、なので父もあまり勧めてはこなかったのだと思います」

決して効率のいい仕事ではなく、業界自体が縮小傾向にあるにも関わらず夢を諦めることができなかった金田さん。その理由を聞いてみると。

「初代川尻金龍の作っていた鯉のぼりが凄くいいんですよ。うちは色んなメーカーや工房の鯉を取り扱っているのですが、初代が作ったものが一番色もパキっとしているし、鮮やかで親しみやすい表情だと個人的に感じていて。私がモノづくりをする仕事に就くなら初代の作った鯉のぼりがやりたいなとずっと思っていたので、父に交渉を重ねてなんとか粘り勝ちするところまで持っていくことができました」

 

製作手法が変遷していった歴史

 下積み期間を経て手描きでの鯉のぼり製作にたどり着いた金田さん。父である二代目金龍について伺った。

「父は制作する際に効率の良い捺染(なっせん)という手法を使っていました。簡単にいうと手刷りのシルクスクリーン印刷のようなものです。高度経済成長期に鯉のぼりが爆発的に売れて生産が追い付かなくなったことからそういった背景があったと聞いています」

初代川尻金龍が編み出した手描き鯉のぼりは、金田さんが代を跨いでリバイバルさせた。今ではスタンダードになった捺染での生産手法から、あえてアナログで手間のかかることを選んだ理由とはいったいどんなことからなのだろうか。

 

空を泳ぐ時に感じ取れる、それぞれの特徴

手描きで作られたものは独特の風合いや良さがあるのだという。どの業界においても効率良く生産する技術が数多くあるこの時代に、一つ一つ味やムラがありながら魂が籠った唯一無二の丁寧な手仕事には価値を感じざるを得ない。

「手描き製品は木綿の布を使っていて、飾った時にゆったりおおらかな動きで泳ぐこと、また金色を多用しているので反射を受けて鱗が煌めくように表現出来ているのが特徴です。捺染はナイロンやポリエステルなどシャカシャカした素材に染めるのですが、元気よく泳ぐ反面少し忙しないように見えて。ただ、どちらにも独自の良さがあると思っています」

まるで手描き鯉のぼりに使われている金色染料のように、金田さんは目を輝かせながら話してくれた。後編は江戸鯉のぼりの歴史や製作のポイントなどについて語ってもらう。


写真提供:秀光人形工房

INTERVIEW & TEXT:Mitsuaki Furugori
PHOTO:Fumihiko Ikemoto(PYRITE FILM)

金田 鈴美

https://www.instagram.com/kinryu_koinobori/

秀光人形工房 手描き鯉のぼり職人
三代目金龍 金田鈴美
https://www.hinakoubou.jp/

1992年生まれ、東京都出身。
「秀光人形工房」の長女として生まれ、幼い頃から鯉のぼりや雛人形といった節句飾りの製作現場に触れる。大学卒業後は家業へ活かすべく雛人形製作を行いながら江戸手描き鯉のぼり職人への道を目指す。初代川尻金龍は幼少期に亡くなっていたが、手元に残っていた初代の失敗作を元に数年間の修行を経て江戸手描き鯉のぼりを復活させる。数年の修行期間を経て、「三代目金龍」を襲名。現在も伝統的な技法で製作を続けている。

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