JOURNAL

SHINICHI KONNO

後編

その「人」に合わせればマシンのポテンシャルが活きてくる

後半では今野さんのクラフトマンとしての喜びと、ゆずれないこだわりについて、フレームの美しさの根本にある「力」について伺った。

1ミリの差にこだわるのは、それが大事なことだから

「どんな良い服でも靴でも、自分の身体のサイズに合っていないとその良さが台なしになってしまいます。実は自転車も同じです。人間の潜在能力をエネルギーに変換して推進力に変えて前に進むためには、後にほんの1ミリのズレが大きな差になってくる。人それぞれ身体の大きさや手足の長さ、体重や脚力が違うのに、皆が同じ自転車に乗っているというのは、実は相応しくないことです」

自転車には、色んな選択肢があって良い

ただ、決して安い買い物でもなければ、時間も手間もかかるオーダーメイドという方法。全ての人にオーダーメイド自転車を作ってほしいとは思っていないと今野さんは言う。昨今の自転車ブームも「特に自分には関係の無い事だ」とは前置きしつつ、「ただ、自転車に興味を持っていただくキッカケになるなら嬉しいですね」と続け、根っからの自転車好きの顔を覗かせた。

「色んな用途や使い方、それぞれの生活スタイルにあった自転車があって良いんです。その中で僕が創るオーダーメイドとしての自転車の良さは、まず乗る人にとっての最大のパフォーマンスが出せるようになること。最初から最後まで一本軸の通った職人が作ることがケルビムの特徴です。そして最大の魅力は『自転車を愛している人間が作っているものだ』ということなんです。

デザインから溶接までを自転車をよく知る人間が手掛けるメリットは、溶接だけなら他にも上手い人や数をこなしている人がたくさんいるけど、自転車を熟知している人間がする溶接は様々な工夫に満ちています。考えながら作っているんです。先ほど言ったとおり、溶接ひとつとって比べれば上手い人は他にもいます。でも自転車というフィルターを通せば、我々の方が上だという自負があります」

一貫性が生まれる事が美しさに繋がってゆく

「車でもそうですが、日本車より外国車の方がデザイン的に美しく魅力的なのは、一貫性の問題だと僕は思っているんです。デザイナーの質や感性はどの国も同じくらい優れていて、そして研ぎ澄まされています。ただ、若手でも何でも最初にデザインした人間が最後まで目を通していることで一貫性と統一感が生まれ、最初のデザインの良さを生かしたまま完成にもっていける。そこが他との大きな違いだと思っているんです。一台一台に、我々の魂がこもっているんです」

今野さんの言う「信念のある一貫性」があるからこそ、ケルビムの美しさや無駄のなさ、圧倒的に洗練されたフォルムが作られるのだと納得できる。それは、量産生産品には決して真似できない。職人が「その人の為だけに」と、乗る人の顔を想像し、用途を丁寧にヒアリングし、癖や力の掛け方などを頭に入れ、気持ちを汲み取り、その思いに真剣に向き合ったからこそ生まれるモノだということが伝わってくる。贅沢品かどうかは、その人の価値によるが、これだけ手間と情熱がこもった物の値段としては決して高いものではないと感じる。

「一般ユーザーやアマチュアの方にも、実際にオリンピックに出ているような選手からの意見を聞いてそれを反映させることもできます。大きな組織では改革に時間を要する事が多々ありますが、ケルビムではすぐに試せるし即座に反映できます。そこもデザインから製造までを熟練の職人たちハンドメイドで手掛けていることの大きなメリットです」

過去を置き去りにしては、新しい未来はこない

「ただ、何かを変えて、新しいものを作ろうとした時にこそ、過去を見直すべきなんです。過去には何層にも重なってきた技術や情報、培ってきた様々なものがあり、今に繋がっています。先程も言いましたが『職人は、過去を振り返って基本的なものをどこまで学べるかが、その先にある自分の力量を決めてくれる』という話とも繋がっています。過去に色々な人が様々な方法でやってきたことを見直さない手はないです。過去には未来のヒントが隠されていて、歴史があるものはずっと同じことをしてきたわけでなく、何層にも重なった地層のように、変化をし続けているということなんです」

今野さんは最後に

「デザインも大事な要素ではありますが、自転車は人が乗ることを目的としている道具なので、機能を追求していくほどデザイン的にも優れたものができるという結論に達します。パワーとスピード、そして軽量さを追求すると、自然と無駄な部分が一切なくなり良いものになります。まさに、究極のデザインなんですよね」

と屈託のない笑顔で話してくれた。

「無駄のない、機能的に優れたデザインはやはり見た目も美しい」とかつてインテリアデザイナーの巨匠が言ったように、人の生活に寄り添うものは、基本を踏まえた上で変化を恐れずにチャレンジし続けていくたった職人の情熱によって成り立っているのかもしれない。

TEXT: Yumiko Fukuda(M-3)
PHOTO:Fumihiko Ikemoto(PYRITE FILM)

今野真一

https://www.instagram.com/cherubim_official/?hl=ja

1972年生まれ、東京都世田谷区出身。自転車ブランド「CHERUBIM(ケルビム)」を製造する今野製作所の代表取締役兼フレームビルダー。日本の自転車作りのパイオニアである父、今野仁氏から工房を受け継ぎ今日に至る。2009年、世界最大のハンドメイド自転車展「NAHBS」では初出展にして2冠を獲得し、新進気鋭のフレームビルダーとして世界中にその名を轟かせた。以降、日本代表選手をはじめ競輪界トッププロや、国内外のユーザーからオーダーメイドでの注文を受け、自転車製作を手掛け続けている。日本初の自転車専門学校「東京サイクルデザイン専門学校」の設立にも貢献。

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