JOURNAL

SHIN KATAOKA

前編

銭湯で働くとは思ってもみなかった

人気バンド「片想い」のボーカルとして活躍している片岡シンさん。バンドの活動と並行して、終戦翌年から営業している墨田区の老舗銭湯「御谷湯(みこくゆ)」の運営もされているということで、お話を伺いました。お風呂屋さんと音楽家という、一見関係性を見出すことができない2つに共通するCRAFTSMAN SHIPとは? 常に楽しませることを考え、独特な着眼点から編み出された思いを届ける。そのためには、複数の職人の支えがあってこそ実現できる。今回、それを確信することができました。

銭湯を継ぐことになって

渡會:今日は宜しくお願いします。片岡さんは二つの肩書きがあると思うのですが両方とも興味のあるジャンルなので楽しみです(笑)。
まず、片岡さんがなぜ銭湯の運営を始めたのかお聞きしたいのですが。
片岡:こちらこそ宜しくです。理由は単純で、元々銭湯好きだった僕と、実家が銭湯の妻が結婚したからなんです。

渡會:ということは、奥様とお付き合いしてる時点で意識はされていたんですか?
片岡:それはまったくなかったです。うちの妻は4人姉妹の末っ子なんですよ。風呂屋の娘というだけで、他の誰かが継ぐでしょみたいな感じで。付き合った当初は自由に銭湯へ入りに行けるなんて、ラッキーだと楽観的に考えてました(笑)。

渡會:銭湯で働くことになるとは、思ってもみなかったんですね。お仕事として始める際はどのようなお気持ちだったんですか?
片岡:銭湯業界の問題として、後継者を見つけるのが大変なんです。うちの銭湯も継ぐ人がいなければ廃業してしまうという話があり、それはもったいないなと。僕も銭湯が好きだったので、銭湯のおっさんになるのもいいかなって(笑)。

渡會:僕がいるORGAN CRAFTはリノベーション事業をやっているので気になったのですが、2015年5月のリニューアルはどれくらいの規模でやられたんですか?
片岡:もう全部、ごっそりですね。建物も元は平屋の1階建ての銭湯だったのをビルに。

渡會:すごいですね! リニューアルの際にこだわった点はありましたか?
片岡:元からあった温泉を最大限に利用したいなと考えて、来た人が楽しめるように複数の温度のお風呂を作りました。あと、建築法の関係で立て直すと以前より狭くなるんですよね。1階が銭湯で、他の階はテナントみたいなビル銭湯はあまり好きではなかったので、うちは風呂に特化したビルにしました。自分達でもなかなか勝負してるなって思います(笑)。

今の時代に合うことを考えなきゃいけない

渡會:浴場はどのようなアレンジを?
片岡:4階と5階が浴場になっていて、5階は天井を高くして開放感のある作りに。4階は建築的に開放感を出せないので、そこを逆手にとって洞窟風の雰囲気にしています。各フロアの違いを楽しんでもらいたいですね。

渡會:その洞窟風の4階にある、不感温温泉というのが好評だとお聞きしているんですが。
片岡:神戸に灘温泉という温度が34度くらいのぬるい温泉があるんです。そこに行った際に、平日の朝にも関わらず大勢の人がいて、地元民に愛されてるんだなって印象的でした。最初は気持ち悪いって先入観があったんで入らなかったんですが、せっかくなんで試しに入ってみると、ずーっとお湯の中にいられる感じがすごい良くて。東京の銭湯の特徴として、熱湯でカラスの行水とかいうじゃないですか。あれって根本はお客さんを早く帰したいっていう店の狙いがあったからそうなんですよ。

渡會:回転率をあげて長風呂をさせないようにしてるんですね。
片岡:そう、長湯させないように。なぜかというと、家にお風呂がなかった時代には1日に1000人も銭湯を使っていたらしく、今とはお客さんの人数が比べものにならなかったんです。そんな感じなので、ゆっくり浸かってもらうという概念が銭湯業界、特に東京にはなかったんです。カルチャーショックみたいな感じですよね。そこで、今の時代にはゆっくり浸かってもらうっていう事を銭湯として考えなきゃいけないのかなって。

渡會:なるほど。従来の銭湯とは逆で長湯できるような工夫を。お湯についてもお聞きしたいのですが、色が黒く濁っていますよね。この黒湯というのはどのような温泉なんですか?
片岡:これはですね、何千万年前に埋もれた木や草の古成分が、地下水に溶け出して黒さを作ってるんですよ。モール泉って言うんです。箱根とか大分の温泉は鉱石物質などの火山系。鉱石が入ったものは保温作用が強いイメージですよね。うちの場合は、ぬめりで保温する感じがあるんですよ。

渡會:触れるとぬるっとして、ちょっと柔らかい印象がありますね。
片岡:そうなんですよ。元々あったこの温泉を、もっと個性として打ち出したほうがいいかなって思ってます。うちは銭湯をやっていて、井戸水を掘ろうとしたら温泉が出てきたんです。温泉を掘るってことは意外と博打に近いんですよ。うちはラッキー温泉です(笑)。

渡會:ラッキー温泉っていいですね(笑)。個性といえば、1階には福祉型家族風呂という見慣れないお風呂もありましたね。
片岡:あれはうちの社長の強い思いがあって。この地域の町会長を務めているのですが、ここで生まれ育っているので、銭湯が地域に何か貢献できることはないかと常に考えてる人なんです。この高齢化社会に、銭湯ができるのは福祉的なことじゃないかと。例えば、うちの館内は全てバリアフリーなんです。それで参考にできる所を探して見学をし、どうにか形にする事ができました。これは本当に採算度外視です(笑)。

渡會:長期的に考えて取り入れたんですか。
片岡:いえ、長期的でも取り返せなくてもいいんですよ。一個でもそういったものを置いてる銭湯ってことで、いいと思ってるんです。

渡會:その考え方はとても素敵ですね。使われた方からのご意見は?
片岡:そもそも、そういうお風呂が全国にほとんどないのが現状です。都内だとうちともう1件あるくらいなんで、やっぱり地方からの観光で来た人には特に喜ばれています。地元の方も使ってくださりますが、遠方から来てくださる方が多いですね。季節のイベントも普通のお風呂と同じようにやりますよ。

後半は、片岡さんの音楽家としての一面にも迫っていきます。お楽しみに。

 

TEXT:Shuhei wakiyama(M-3)
Photo:Fumihiko Ikemoto(PYRITE FILM)

片岡シン

http://mikokuyu.com

1977年兵庫県生まれ。2003年に結成したバンド「片想い」のボーカル・三線として活動中。音楽レーベル、カクバリズムから数枚のアナログシングルをリリースした後、2013年に発表したデビューアルバム「片想インダハウス」はオリコンランキングで上位を獲得。また、2014年からは墨田区の老舗銭湯「御谷湯」の次期店主として運営を任されている。
片想いオフィシャルHP:http://kakubarhythm.com/artists/kataomoi

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