何気ない日常に潜む一瞬の輝きを、イラストに
作品の登場人物には輪郭線がなく、目鼻立ちも分からない。しかしながら、独自の世界観が広がるイラストレーションを手掛けるアーティストがいる。名前はNARI(LITTLE FUNNY FACE)だ。日常の何気ない瞬間を切り取った作品群は、心地よいルーズさと愛すべきヒューマニティーに満ちている。表情は読み取れずとも、作中の人々は多くを語りかけているようだ。今回は、NARIのクラフトマンシップに迫る。
「湘南で生まれ育ったからか、海は身近な存在」だと話してくれたNARIさん。
「伊勢丹 新宿店」でのポップアップショップに向かう日の朝、ただぼんやりと何をするでもなく、浜辺に座っていたという。都会の真ん中へ向かう前に海を見たことで、「大都会の喧騒からかけ離れた景色のおかげで、心のバランスが整えられた気がしたんです」と我々に話してくれた。
ポートランドがくれた、かけがえのないもの
「2018年に、それまで勤めていた会社を辞めて、友だちがいるアメリカのオレゴン州・ポートランドを訪れました。目的はなく、“何もしない時間”にしようって決めていたというか…。実際、本当に何もしない時間だったんです。……ただ暮らすだけ。でも、それが良かったのかも」
そう言って照れくさそうに笑う彼女の笑顔には屈託がなく、思わずその場にいた全員の顔がほころんだ。
「ポートランドは、モノ作りをしている人が多い町なんです。そこにいる友だちもどこかに勤めず、一人で黙々と創作してしました。まさに『自分自身が商品』、そんな人たちが多く存在する町、それがポートランドの印象です」
それまで企業に属してアパレルの仕事をし、就業時間以外で自分の時間を作って、創作活動をしていたという。そんな二足のワラジで3年間ほどやっていた。
次第に“イラストだけを仕事にしたい”という気持ちが強くなり、会社を辞める決意をした時に、「一度、ポートランドにいる人たちのライフスタイルが見たいと思った」というNARIさん。
これから、フリーでイラストの仕事をやっていくための、心の準備がしたかったのかもしれない。
本当の「自由」には責任が伴うもの
「ポートランドにいた時には、良い意味で仕事と遊びの境目がない人たちを見ました。それは今までも心に強く残っています。ポートランドにいた多くの人と同じように、自分の判断で自分の生活リズムを作りたいと、考えるようになったことが、大きな収穫だったかもしれません」
ポートランドでの3ヶ月の生活によって、“キチンとしないといけない”という気持ちが、次第にフェードアウトしていったというNARIさん。
「フリーランスという立場は、イメージ的に『自由人』と思われることも少なくないのですが、自分自身に商品価値がないと継続できません。すべての責任は自分ひとりで負う必要がある。自由には、必ず責任がついてくるものだと思います」
根底にいつもある「そのままでいい」というメッセージ
今はSNS全盛の時代。お気に入りのアプリで加工して、しっかりとディフォルメされたビジュアルで、充実したライフスタイルを演出している。多くの人が投稿後の「いいね!」の数に一喜一憂する。
「何気ない日常の中で、人に見せられないような一面って、誰しもあると思いませんか? でも、それってすごくチャーミングだし、そこに本来の人間らしさというか、その人らしさを感じます。だから、私はそんなタイミングを見つけて、切り取っているのかもしれません」
世界中の誰もが完璧じゃないし、コンプレックスがある人もたくさんいる。でもそれは悪いことじゃないとNARIさんは考える。ありのままが一番素敵というか、作品を生み出す上で、“完璧じゃなくても良いよ!そのままが一番良いよ!”というのが、NARIさんの根底のメッセージとしてある。
「作品に登場する人物のモデルは自分でもある」というNARIさん、その意図を聞くと。
「モデルは自分自身でも、イラストに起こした後は全然違う姿になっていて。“自分であって自分じゃない”感じです。もちろん、友だちからインスピレーションを受けるときもあります。私が描くイラストは、一度写真に撮ったものを見ながら描くスタイルじゃなくて、ほとんどが記憶の断片をモチーフにしています。写真は便利で手軽に撮れますが、印象的じゃない物まで写してしまうもの。たとえ時間が経っても、いつまでも覚えている瞬間をモチーフにした方が、印象的なメッセージが生まれると信じています。あと、私は口下手なところがあるので、言葉にするより絵を描くことで、色々な感情を伝えることができる。そんな気がするんです」
「素敵」と思う気持ちを大切にしたい
作品の多くが、ドラマチックな瞬間じゃなくて、日常の何気ないシーンを切り取ったもの。そんな瞬間こそ人が魅力に映るというNARIさん。
NARIさんの作品に惹かれて、初めて絵を買う。NARIさんのファンには、そんな方が多いという。それは、NARIさんと同様に、日常の中で感じる平凡だけど特別な時間や感情を想起させてくれるからかもしれない。
フトした気の抜けた瞬間にこそ、人の素の状態が見えることがある。現代は、そんな自然体の姿の魅力に気づきにくい時代かもしれない。人それぞれに個性があるから素敵だし、そんな個性をお互いにリスペクトし合う。そんな世界が理想的だ。
後半では、NARIさんのこれからの展望や、新しくオープンした自宅兼ショップの魅力について話を伺う。
INTERVIEW:Daisuke Udagawa(M-3)
TEXT: Yumiko Fukuda(M-3)
PHOTO:Fumihiko Ikemoto
NARI
1990年湘南生まれ。目鼻を除き、唇を描き込む独特のスタイルと異国情緒溢れる色彩、タッチが印象的なアーティスト。ちょっぴりルーズな生活感や、人間性を包み隠さず表現した作品は、多くのファンから共感を集める。作中に様々な国籍の人々が登場するのは、平和と平等を願う気持ちから。東京各所やアメリカでの個展開催、香港ブランドMade In Paradiseとのコラボレーションなど国内外を問わず活動中。
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