JOURNAL

KOHEI YOSHIDA

前編

かつて日本になかった“チョークアーティスト”という職業

カフェのアルバイトで毎日黒板にチョークを使ってメニューやイラストを描いていたら、それが仕事になったと言われたらあなたは信じる? 「チョークボーイ」こと吉田幸平さんは、そんな経緯を経て、黒板という限られた空間の中を最大限に利用し、チョーク1本で何もなかった空間に命を与え続けている。そんな吉田さんのクラフトマンシップに迫る。

世界の端で感じた恩を、日本で返していきたいという気持ちから

物語は、まだ吉田さんが“黒板”と“チョーク”に出会う前に遡る。ジョン・ガリアーノやステラ・マッカートニー、アレキサンダー・マックイーンを輩出したことでも知られるロンドンの名門アートスクール「セントラル・セント・マーチンズ (Central Saint Martins)」の学生だった時代から。

「向こう(イギリス)にいる間は、すごくカフェにお世話になっていまして。というのも、そこにWi-Fi目当てでコーヒー1杯で6時間くらいお店に滞在する日々を過ごしていました。でも店員さんいつも優しくて。いや優しいというか、それほどお金も持ち合わせて無かった僕の長時間滞在を毎日“見逃してくれていた”って感じで(笑)。それがとてもありがたかったし、『カフェ』=『良い空間』としての記憶がずっとあって。日本に帰ってきてからは、まずはカフェでアルバイトをすると決めていました」

そのカフェの、客席から何処からでも見えるような大きな看板を書き換える作業もアルバイト店員の仕事の1つだったという。スタッフ全員、持ち回りでその看板のメニューを描き替えてから休憩に行くのがお店のルール。

しかし吉田さんは周りのアルバイト店員が「メニュー」をただ書くためだけのものとして捉え、文字だけを描く中、その看板を1つのキャンバスのように自由な発想で捉え、「文字」を「ただ読めればいい」だけものから「デザイン性のあるイラスト」くらいのポテンシャルがあることに気づき始めた。

お店の一部として、商品価値のある「看板」の誕生

「そこで、だんだんと時間をかけて真剣に看板である店先の黒板にメニューを描くようになってきたんですよね。集中して全力で描くようになるとお客さんの反応も良かったし、オーナーも凄く喜んでくれて。それで徐々に僕が『看板担当』みたいな感じで、新しくオープンした別の店舗も出張して看板を描きにいくようになっていって。バイトながらに『店内装飾でお店の格が決まる』みたいな仕事が発生し始めて」

その後、その看板を見た人たちから直接SNSを通じて連絡が来るようになったという。中にはどやって調べたかも分からないが直接吉田さんの携帯電話に連絡が来ることもあり、驚いた事も多々あったそうだが、ロンドンでの大学時代に「カフェでの良い思い出」の恩恵もあって、知らない人の依頼でも頼まれれば色々な場所の看板を描きに出かけたという。

「ロンドンのカフェに対する恩返しというか、自分が看板を描くことで心地よい空間を作れるならそのお手伝いができるのはとても嬉しいという気持ちでした。

チョークって手も汚れるし、書きづらいし、すぐに消えちゃうしで筆記用具の中でもワーストクラスで扱い難い材料だと思うんですよ。でもそれが逆に『手描き』のよさを引き出しているというか。コントロールができないところも含めて、感情移入がしやすいんですよ。丁寧に描けば描くほど、それが伝わりやすいという特徴がある気がしていて」

「そこにチョークがあったから」と、吉田さんはその物を選んだ訳ではなく、あったもので描き始めたという偶然の発見がまずあり、その後に「見てくれた人たちが魅力を感じ取ってくれたんです」と語る。

チョークというマテリアルの中の幅の広さや、データでは得られない生の風味のようなものと自分の作風がどんどんマッチし、相乗効果が生まれた「偶然の産物」だったと吉田さんは続けた。

新しい需要、新しい仕事、繋がって広がっていく創造の輪

「始めた当時は日本ではチョークアーティストという仕事も、職業もなかったし、まさか自分もそれが仕事になるとは考えてもいなくて。

『チョークボーイ』という名前も、ある時、雑誌に取り上げて頂いた時に思いつきでその場でとっさに付けた名前で。本名だと検索しても出てこないし、依頼も来ないだろうと思って、活動名を聞かれたときに思いつきで出した名前なんです。それで今も活動しているんですよ。友達には『ダサい』と不評でした(笑)」

大阪で生まれ育った吉田さんは笑いの要素も欠かさず、周囲を笑顔で包み込む力がある。後編では、そんな吉田さんの現在の展開や、デザインのワークショップ活動などについてもお伺いしていく。

INTERVIEW:Daisuke Udagawa(M-3)
TEXT: Yumiko Fukuda(M-3)
PHOTO:Fumihiko Ikemoto

吉田 幸平

チョークグラフィックアーティスト
吉田 幸平(チョークボーイ)

1984年7月生まれ、大阪府出身。
@chalkboy.me

大阪市立工芸高等学校ビジュアルデザイン、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズ (Central Saint Martins)でアートを学ぶ。帰国後、アルバイト先のカフェで描いていたメニューボードが人気を呼び、“チョークボーイ”としての活動を始める。その後、2015年に開催した個展をきっかけとして全国へ知れ渡り、飲料メーカーのイメージビジュアルなどにも採用されたことで知られている。並行して行なっている料理する時の音をサンプリングして即興で音楽にする独特の音楽活動では、KENTO MORIなどとのコラボレーションをする異色の経歴を持つ。

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