ネオン街がある限りネオンはなくならない
ショップやレストランのサインからフェスやショーの装飾まで、数多くのネオンサインを手がける森山さん。グラフィックデザイナーからネオンの世界へと転身したストーリーに触れた前半に続き、後半では、ネオンの魅力とものづくりのこだわりを聞く。
ネオンブームのこれから
改めてネオンサインの歴史をひもといてみよう。ネオン管が発明されたのは1910年代のパリ。小さな白熱電球を並べていた従来の照明看板に比べ、くっきりと線形で光るネオン管は画期的だった。その後アメリカに渡りラスベガスなどで発展し、看板としてのネオンサインが世界中に広がっていった。バブル時代の日本でも、きらびやかなネオンを使った屋上看板が大量に作られたという。
「バブル時代は派手さを競い合うみたいに、ド派手なネオン看板がガンガン作られていたんです。当時は企業が儲かっていたので、税金対策に広告費としてネオンの屋上看板を作っていたという側面があったそうです。<シマダネオン>もその頃は従業員7〜8人が徹夜でやっていたそうですよ。それからLEDやバックライトへと照明の主流が変わるなかで、巨大なネオンの需要がなくなったんです」
そして、近年のサインアートや手書き看板のブームの流れから、再びネオンサインが注目を集めている。
「これだけ流行っている一方で、今もネオンの職人って足りていないんです。理由は単純で、ネットで検索しても引っかからないから。技術のあるネオン職人は60〜70代。ガラケーとFAXで仕事する世代です。高い技術はあっても若いお客さんとの接点が少なくて廃業しちゃうんです。すごい職人はいる。ネオンを作りたいお客さんもいる。でも、その両者を繋ぐ人がボコッと抜けてる。この業界に入って、その状況が本当によくわかりました」
ブームの渦中で、日々のオーダーに追われる毎日。「めちゃくちゃ忙しいです。僕が職人として修行する暇がないくらい」と笑う。その一方で今の状況を冷静に捉えてもいる。
「街の古いネオン看板はなくなっていきますし、部材を作る業者も減って材料費は高騰しています。今のブームはいつか去るでしょうけど、それでもネオンが残る方法は考えていきたいんです。例えばアメリカではカジノなどで使い終わったネオンを飾るギャラリーがあるし、香港ではネオンをめぐるツアーが開かれたりもしていて。日本でも文化遺産としてネオンを楽しむことはできるはずですし、ネオンを曲げる以外にも、関わる方法はあるんじゃないかって」
ネオンにしか出せないエロさ
―森山さんが最初にネオンに惹かれたきっかけは、どういったものなんですか?(渡會)
「仕事として興味を持ったのはネットで色々調べていたときですね。ただ、原体験というと子どもの頃ですかね。パチンコ屋とかスナックとかのネオンを見て、大人の世界に憧れたというか。『かっこいいけど、入っちゃいけないんだろうな』みたいな、気持ちがザワザワする感じ。僕にとってネオンの魅力はあのエロさですね」
―多方向に光が広がる感じとか、あの感じはLEDでは出ないですよね。それに電極が見える無骨なカッコ良さだったり、輪郭のシャープさもネオンの魅力ですよね。(渡會)
「おっしゃる通り、ネオンは光のボケ感がいいですよね。LEDの光はフラットな分、いかがわしさが出ないというか。ネオンは手作業で曲げますし、施工も含め手間がかかる。でも、他に変えられない魅力があると思うんです」
“ネオン街”がある限りネオンは死なない
シマダネオンには、いろいろな人が訪れる。工場見学の希望者や、修行させてほしいと尋ねる人。その多くは20代の若者たちだという(現在は見学、体験は受け付けておりません)。この日はアメリカから来たというネオンアーティストの女の子が制作をしていた。
「彼女は今度東京でネオンの展示をするために、ここに通って制作をしているんです。僕は英語ほとんど話せないので、身振り手振り(笑)。他にも、若い子たちからよく連絡をもらうんです。週末なんか、ネオンを曲げに来た子たちでバーナーが行列待ちになることも。そうやって興味を持って訪れてくれるのは嬉しいですよ」
―やっぱり若い世代に特に注目されているんですね。ちなみに、森山さんが個人的に好きなネオンってどういったものですか?(渡會)
「うちはファッション関係の制作も多いんですけど、同時に風俗店やパチンコ屋とかのネオンも作っていて。僕はそういった昔ながらのネオンも大好きなんです。光に吸い寄せられるような独特の色気があって、やっぱりネオンっていいなって思いますよ。人の欲望を掻き立てるというか。“ネオン街”っていう言葉がある限り、ネオンの仕事がなくなることはないんじゃないかなって」
最後に、森山さんのクラフトマンシップについて聞いてみた。ネオンを作るこだわりと喜びとは、何だろう?
「配線の見え方や曲線の美しさ含めて、細部の仕上がりの丁寧さには自信があります。特に最近はSNSにアップするため、ネオンに近づいて目の前で写真を撮る方も多いので、細かい部分のアラはすぐバレてしまいますから。あとは変わった問合せが来ても、すぐにできないと諦めないこと。難しい案件もどうにか実現させながら、お客さんにアップデートしてもらっている感覚があって。これからも丁寧に、挑戦しながらネオンに関わり続けたいです。初めてコンセントに繋いで光った瞬間って、ものすごく嬉しいですから」
PHOTO:Takeshi Uematsu
TEXT:Masaya Yamawaka(1.3h/イッテンサンジカン)
森山 桂
ネオンデザイナー/グラフィックデザイナー。デザイナーとしてPC以外のツールを模索しする中で、ネオンサインに出会いその魅力に取り憑かれる。ネオンサインブランド<NO VACANCY>を立ち上げ、東京大田区にあるネオンサイン製造会社<シマダネオン>をベースに活動。デザインを融合させた新たなネオンサインを手掛ける。