ESSENCE

#2 音を描く
by Emi Kaito

バンドが来たら、マイクを立てる。ケーブルでミキサーに接続し、ミキサーのゲインとフェーダーを上げる。ミキサー内で増幅された信号はパワーアンプでさらに増幅されて、スピーカーコーンを揺らす。


来る日も来る日も、新しい人たちと出会い、マイクを立てて音を出すのが私の仕事なのですが、PAエンジニアが触っている、つまみがたくさんついた機材をご覧になったことはあるでしょうか。それがミキサーというもので、ほとんどのミキサーは一番上のほうに”ゲイン”という捻って動かすつまみ、一番下のエンジニアの手元にくる位置に”フェーダー”というスライドして動くつまみがあります。これらはいずれも、音の大きさに作用するつまみです。

私はこの二つのつまみの関係性がとても好きです。


フェーダーの真ん中あたりには0dB(ゼロデシベル、通称ゼロデシ)という基準点があります。
フェーダーが0dBの位置に揃っていれば、ゲインつまみで増幅された信号が、そのままのエネルギー量でアンプへと出力されますし、ゲインで好きなだけ信号を増幅させてから、必要な分だけフェーダーを上げ、コントロールすることもできます。

私にとって、ゲインとフェーダーの役割は、絵の具と筆のように感じられます。


準備の隙をみて、ステージで鳴っているドラムの音、ベースやギターのアンプの素の音、など聴こえてくる音を確認して、PAスピーカーから飛び出す音はどんな風になるだろうか、どんな風にする方がその日らしくなるだろうか、とイメージします。
それは聴感または触感(ロー感をお腹で感じている人は少なくないと思う)での音量感のイメージでもあり、描く音像のイメージでもあり、そこにボーカルがいるならばバンドとボーカルの対比、陰影のイメージでもあります。

バンドの準備ができたらサウンドチェックをして、リハーサルの下準備ができる。私的には、パレットに絵の具が並んだ状態です。


フェーダーがすべてのチャンネルで横一列に並んでいて、自分が描きたい音がサウンドチェックのときにもう決まっている人。パレットには、捉えた音楽の濃淡がすでに示されている。それをそのまま筆でキャンバスに並べれば、音楽が立ち上がる。
メーターがしっかり振れるようにゲインを取って、0dBまでの余白を持っておき、音の濃さをフェーダーで加減できるようにする人。パレットには濃縮された音が並び、筆の取り方によって、描かれるイメージを全く異にすることができる。アプローチは人によって色々です。


スピーカーの前に浮かび上がる音の絵は、写実画と心象風景の間を行ったり来たりしながら、客席にいる人の耳に届く。目にみえない絵が、人の心を揺さぶり、また別の風景がそれぞれに生まれることが、とても面白い。

これからも、続けます。

垣内 英実(かいと えみ)
サウンドエンジニア。三重県出身。大学卒業後、ライブハウス「代官山晴れたら空に豆まいて」「青山月見ル君想フ」でPAとして活動開始。現在は、のろしレコード、東郷清丸、浮、MisiiNなどのライブミックスを担当。
Instagram:@ebitako.128