JOURNAL

JUNICHI WATANABE

後編

自分にとって大切なものがある人は、他人の宝物の価値もわかる

山の中、何のツテもないまま始めた「渡辺調律所」は、いつの頃からか「ピアピット」と名前を変え、口コミや紹介で徐々に噂は広がっていった。仕事や人も増え、ピアピットは業界内ですっかり有名に。従業員の増加に関して、渡辺さん曰く「ピアピットで働きたい場合は事前に連絡ください!知らん間に人が増えるので困ります(笑)」とのこと。そんな渡辺さんとピアピットの現在や今後についてなどを聞いていく。

会社で働いていた時には「売り上げを重視するあまり、肝心な事を忘れていた気がする」と、渡辺さんは言う。しかし、ここピアピットも会社なので多少なりとも決まり事などはあるのかと思いきや。

細かい決め事はナシ。いつでも自由にやりたい時に

「就業時間?そんなもんないですよ(笑)。だって最初に来た人が鍵を開けて入って、最後に帰る人が鍵を閉めれば良いことだから。鍵は従業員なら誰でも持っていますし、それにうちは作業に飽きたり、疲れたりしたら、止めて良いってことになっているんです。嫌々作ったり直したりしても、良いものは作れないって思うし。だから、ほら、この人なんか趣味でサーフィンやっているんだけど、最近はサーフボードを作っていますから、ここで(笑)」

渡辺さんが指差したのは、従業員のケンタさん。日に焼けた肌はいかにもサーファーらしく、とても普段ピアノの修理をしているようには見えない。彼は渡辺さんが自分の話をしている間、人懐っこそうな笑顔でこちらを見ている。渡辺さんは就業時間中にも関わらず、天気が良いとそのまま波乗りに行ったり、サーフボードを作っている彼を見て「俺の分のボードも作ってくれよな」と言い、咎めようとする気配はない。つまり普段から「やることをやっていればそれでいい」ということ。

長くいてくれたら、その人はただの社員じゃなくて宝になる

「うちは、人が全然辞めないんです。女の人は、結婚や出産があるから、そういう機会にはいなくなることがあるけど、基本的に増えていく一方。多分、何時に来て何時に帰るとか、そういう会社っぽい決まりも無いし、従業員の子供もよくここに遊びに来ます」

渡辺さんはここで働く従業員の子どもたちからも「ナベサン」と呼ばれ親しまれている。その秘訣を聞くとこんな答えが。

「ああ、だって年に一回、『ナベサンが、好きなものを何でも買ってくれる日』っていうのがあるの。誕生日とかでもない日に好きなモン買ってもらえるからさ、子どもたちは大喜びするわけ(笑)」

と、いたずらっぽい表情でその種明かしをしてくれた。

しかし、子どもたちはもちろん物に釣られてここに来るわけではないことは誰が見ても明らかである。それは渡辺さんの人柄や生まれ持った屈託のなさ、心の暖かさを見抜いているからこそ、理由がなくても、ここに足を運んでくるのだと感じる。

そして、ピアノ修理を行う会社らしからぬこんな発言も。

技術や感性を磨くのは、外の世界を知ることからはじまる

「一日中、ピアノばかり見ていてもしょうがないと。就業時間中に、何か別のことをしていても、そこで新しいアイディアが生まれたりすることがある。だから、それも本当は仕事なんだと思います。それに一度、現場を離れて、色々な角度から物事を見ると、実は気づくことが多い。それが、結果的に良いものになると思っています。物を作るってそういうことだと思います」

また、渡辺さんは新しい人材を採用する時にも、ピアノ以外の趣味はあるかと必ず質問するという。なぜなら、どんな分野でもその道を極めているということが、仕事の糧となり、またその人を成長させてくれる材料となりえることを自身の経験を通じて理解しているからだ。

「趣味でも特技でもなんでもいいから、見返りも求めずに愛情を注げるものがあるってことが大事なんです。それは、ピアノを大事にしている人の気持ちも分かるってことだから。モチーフは違えども、どうしようもなく好きなものがある人は知っているんです。、物が物だけの価値じゃなくなる時があるのを。うちの社員はみんな知っていると思う。『ピアノを修理したい、カスタムしたい、キレイにしてほしい』って依頼をしてくる人の気持ちを。だから、自分の持てる技術や知識をフルに使って、大事に修理して、元の状態よりも価値を高めて、いわばリノベーションする感覚で修理して、持ち主に戻してあげたい。そのためにはこの技術が必要だから修業するのも勉強するのも苦にならない。そうすると必然的に、技術面でもどんどん伸びていきます。言われたことだけやる人間はここには居ないのは、そういうわけです」

前述で就業時間などの規則はないに等しいと言ったのは「いい加減にしても良い」という意味とは反対の位置にある。

ピアピットのメンバーは、職人としてのプライドをかけて「誰かにとってのかけがえのない宝物」であるピアノを修理する。

渡辺さんがいつも全力でそうしているように、彼ら彼女らも自らの意思をもって全力で仕事に取り組む。

そしてその結果、技術は高まり、口コミで人気はジワジワと上がっていき、注文が後をたたない程の人気店となっていったのは当然の結果であると言えるだろう。

新しい持ち主の元へ、今よりキレイな姿で旅立っていく

「ただ、どうしても家にピアノを置いておけないっていう人や、やむ得ない事情がある人からは買い取りをして、修理して販売もしています。それもただ元の状態に戻すだけじゃなくて、リペアすることで新たな付加価値が生まれるように一生懸命考えて、悩んで、作り変えていくような作業になるわけです。弦も全部張り替えて、署名こそ無いけど、誰が見てもこれはピアピットの技術だって分かるような。私たちは職人としてのプライドを持ってやっています」

そして最後に渡辺さんはこう続けた。

「誰かにとっては必要の無くなったピアノでも、私たちが手を加えて作り直すことで新しい価値が生まれて、それでまた新しい誰かの元へ旅立っていく。そして誰かがそれを使っていく中でだんだんとかけがえのない宝物になっていきます。職人として、こんなに嬉しいことってないと思います」

 

INTERVIEW:Daisuke Udagawa(M-3)
TEXT: Yumiko Fukuda(M-3)
PHOTO:Fumihiko Ikemoto

渡辺 順一

http://piapit.com

「ピアピット」ピアノ工房・主宰
渡辺順一
1961年生まれ。静岡県出身。
<Instagram>@pianopiapit


通称「ナベサン」。千葉県の印西市でピアノの修理、クリーニング、塗装、カスタム、調律、ピアノ教室までを手掛けるピアノ工房「ピアピット」主宰。従業員17名、猫3匹とともに、「とにかく面白ければいい」をモットーに営業を続けている。

「PIAPIT(ピアピット)」ピアノ工房
千葉県印西市浦幡新田50
TEL 0120-311-054
HP http://piapit.com
Twitter @kWhcwKgGy1nItNA

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