特別な環境に導かれて、今の姿が一番自然な形に
オーダーメイド自転車メーカーのCHERUBIM(ケルビム)/今野製作所のチーフビルダーである今野真一さん。競輪史上初のグランドスラム6冠と、未だ抜かれる事が無い記録である、涯獲得賞金額28億以上を達成させた神山雄一郎選手の功績の陰には、1ミリの差の違いを知る今野さんの姿があった。違いの分かるコアなファンを魅了するそのクラフトマンシップとは?
忌野清志郎さんが九州横断の友として選んだケルビム
数多くのスポーツ選手、そしてプロ選手以外にもカリスマミュージシャンである故忌野清志郎を魅了したことでも知られるケルビムは1965年にその歴史をスタートさせた。6人兄弟のうち、3人は自転車関係の仕事をしているという、創業者であり父親でもある今野仁さんから始まったその伝説は二代目である真一さんに受け継がれ、今も新たな伝説を創り続けている。伝統の中に脈々と流れる熱い血と、そのルーツとは一体どんなものなのか。まずは幼少時代の思い出を聞いた。
遊び場として気がつくとそこにあった「工房」
「小さい頃から『遊び場』というと自分の家の工房でした。絵を描いたり、玩具に触れたり、といったいわゆる『子供の遊び』よりも前に、『工房での時間』があったんです。道具もあるし何かを弄るのが凄く好きで、小学生の時も友達を工房へ連れて行って、道具に触れて遊ぶ事が多かったんです。子供ですから、遊びに出かけた先で自転車が故障しても自分でパンクを直すことができるので、友達の前で得意になってやっていたのを覚えています」
ただ、導かれるように親のあとを継いだのかというとそうではない。二代目になることへの葛藤はあったという。「高校生くらいまではロードレースの選手になりたいと思っていたんですけど」と、当時の自分を振り返り照れくさそうに笑う今野さん。
潜在的に感じていた、職人への道
「父のあとを継ぎたい、と強く思ったわけではなくて。本当に自然の流れのようなもので。母親になんとなく打診され、そのまま抵抗もなく始めたんです。今思えば、子供の頃から潜在的に『いつか自分も自転車を作る』と思っていたので、すごく自然な流れだったと思います。
受け継がれてきたものを否定したい気持ちが若い時にはあったし、反抗した事もあるんですけど、自転車を長年作っていくうちに気づいたことがあるんです。それは歴史のあるものは、とても強いものだということです」
「それは、どういうことですか?」と尋ねると言葉を1つずつ慎重に選びながら、しかし力強い口調でこう教えてくれた。
「職人というのは、過去を振り返って基本的なものをどこまで学べるかがその先の自分の力量を決めてくれると思うんです。基本を理解したからこそ、次のプロセスに進める。基礎を何度も何度も自分の中に叩き込むことがすごく重要になってきます。
だから基本をきちんとできるか否かがこの仕事のポイントです。職人はまず決められた型をやる、そしてそこから離れていくことも大事です。
培ってきたもの、何層にも重なったスキルや情報、その上に乗って今がある。いわゆる伝統や歴史ですね。過去の上に今があって、続いてきているものというのは古いだけではなくて、古いものに何層も新しいものが重なり合って、今に繋がっているんです」
いつも中心にあって、どこまでもまっすぐに進む車輪
今野さんが話す姿はしっかりと相手の目を見据え、ゆっくりと誠実に語りかける。その姿は我々がイメージする職人そのものだ。
特徴的なシンボルマークは聖書に出てくる天使ケルビムを思わせる。聖書にはケルビムの姿はこう描かれている。
〜第二の輪が交差して第一の輪の中にはめ込まれており、その輪は黄緑の輝きを放っていた。緑柱石神の側にあった「車輪」と呼ばれる四つの輪は、どれもが四方向にまっすぐ進み、ケルビムの霊はいつも輪の中心にあったという〜
と。
その名前の通り、望めばどの方向にも進み、そして生活の中心にある乗り物が、自転車である。今野さん自身も作るとは別に自転車という乗り物に心を奪われ続けているという。
「工場がある町田から講師をしている東京サイクルデザイン専門学校のある渋谷までの40キロほどの距離を自転車で走ることがあります。時間にして1時間20分ほどで行けますよ。実はそれくらいの距離は、自分の身体にちゃんとマッチした自転車に乗っていれば、なんでもない距離です。自転車は、それくらいのポテンシャルがある移動ツールです」
人の力をエネルギーに変えて、どこまで行けるか
「忌野清志郎さんの自転車を組むことになったのも、清志郎さんがふらっとお店に現れてオーダーをしてくださったことがキッカケでした。清志郎さんを側で見ていると、『人力でどこまで行けるか』ということに魅力を感じられていたように思います。これはあくまでも私の想像ですけど。
「わずか1週間で東京から九州まで自転車で行く」というチャレンジは、自転車に乗り慣れている方が聞いても難しいことで。それを清志郎さんは見事にやってのけました。当時、そのサポートができたことはすごく誇りに思っていますね」
その後も清志郎さんはよくお店に足を運んでくれたという。プロからアマチュアまで、自転車という乗り物の可能性を信じ、信頼してオーダーメイドでケルビムの職人たちが最初から最後まで一貫して製作を行う。ごまかしも甘えもなし。時には依頼主の希望とは別の提案をすることもあるという。本当にその人にぴったりな自転車を提供することにこだわっているからこそ、意見の衝突なども起こるというが、今野さんは決して妥協しない。何度も話し合い試行錯誤を繰り返し、乗り手にマッチした、その人のための究極の一台を作り上げる。
後半では、今野さんが思う「職人としての喜び」について伺う。
TEXT: Yumiko Fukuda(M-3)
PHOTO:Fumihiko Ikemoto(PYRITE FILM)
今野真一
https://www.instagram.com/cherubim_official/?hl=ja
1972年生まれ、東京都世田谷区出身。自転車ブランド「CHERUBIM(ケルビム)」を製造する今野製作所の代表取締役兼フレームビルダー。日本の自転車作りのパイオニアである父、今野仁氏から工房を受け継ぎ今日に至る。2009年、世界最大のハンドメイド自転車展「NAHBS」では初出展にして2冠を獲得し、新進気鋭のフレームビルダーとして世界中にその名を轟かせた。以降、日本代表選手をはじめ競輪界トッププロや、国内外のユーザーからオーダーメイドでの注文を受け、自転車製作を手掛け続けている。日本初の自転車専門学校「東京サイクルデザイン専門学校」の設立にも貢献。
ケルビム町田
〒194-0038 東京都町田市根岸2-33-14
営業時間 9:00〜17:00
定休日 水曜日、木曜日
ケルビム青山
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前 3-39-5 青山ウエスト1F
通常営業日(予約不要) 金〜日曜日 11:00〜19:00
予約制営業日 月〜木曜日