JOURNAL

HIROSHI TSUJI

後編

悔しい顔や苦しい顔は自分の中で消化するんです

花火師と聞いてイメージするのはどんな仕事でしょうか? ORGAN CRAFTは音楽フェスを主宰していることもあり、演出としての花火に以前から関心がありました。”好き”の思いから、40歳目前で花火師の道に入った「湘南花火」の辻さんに、その仕事のこだわりと喜びを聞きます。

「できない」と、絶対に言いたくない

辻さんの作業を手伝う娘さんは18歳。辻さんの指示を受けながら的確にセッティングを続ける。今日は披露宴会場でのブライダルの花火演出のデモンストレーションを行う。披露宴会場の窓に面した外壁とその先の砂浜から花火を打ち上げる。

「今日の演出は私のオリジナルです。まず乱玉という、火の玉のようなカラフルな花火がたくさん上がり、その後に火花がバーっと上がります。一瞬暗闇を作ってから、最後にドンと打ち上げて締めます」

今日のように披露宴会場での演出は、辻さんの「湘南花火」の得意分野。結婚式場以外の案件も多く、中には住宅街の中の公園など、かなり難しい依頼もあるという。

「火薬を扱うので安全面の確保は重要ですし、行政関係への許可取りもシビアです。でも、私のこだわりっていうんですかね、『出来ない』とは言いたくないんですよ。どうやればできるかを一生懸命考えて、動く」

ORGAN CRAFTが扱う内装施工でも、保健所や消防など行政関係との調整はつきもの。作りたい物と法律面の折り合いをどうつけるかは、しばしば課題になる。渡會も、「できない理由じゃなくて、どうやれば実現できるかを考える姿勢は大切ですよね」とうなずく。

「お客さんの期待に応えたいですし、実現するための方法をとことん考える。それは職人として必要な姿勢かなと思います。それに難しい案件ほど経験になりますし、燃えますよね」

 

常にお客さんより高いハードルを

そして、辻さんのもうちひとつのこだわりが、新しいチャレンジを続けることだという。

「同じ仕事でも、常に前回よりいいものを作りたいんです。予算や打ち上げる玉の数は変わっていなくても、『今年豪華だったね』って言わると、よし!って」

「自分の中のハードルが毎回上がっていくんですよね」と渡會も続ける。「ORGAN CRAFTで内装施工の仕事を受けると、お客さんの要望以上のものを僕が設定して持って帰ってくる。スタッフには『何考えてるの?』って驚かれます(笑)」

「前回と同じで満足してもらえる場面だとしても、過去の自分を超えていく。お客さんの要求より、さらに高いハードルを自分で作っていかないといけないのかなって思います。それに度肝を抜いてやりたいんですよね」

今ではこうして高い水準の花火や演出で評価を得ている辻さんだが、駆け出しの頃には、失敗もあったという。

「披露宴での花火の演出だったんですが、セッティングもチェックも終わり、あとは本番を待つだけの状態で。ところが寒空の下で待機しているうちに、電池が冷えちゃってることに気がつかなくて、いざ本番というタイミングで打ち上がらなかったんです。会場はしらけちゃってるし、やり直すわけにもいかない。新郎新婦の前で土下座しました。」

「あの頃は未熟でした」と苦笑いする。それからは回路の抵抗値まで徹底的にチェックするようになった。それ以来失敗は一度もない。

「僕のように抵抗値まで測っている会社は珍しいと思います。花火って一瞬の仕事です。だから、そのための徹底した準備とチェックが大切。当日のプランナーさんから、『3・2・1、点火』というサインがあるんですが、点火の「て」で打つのか「か」なのか、そこまで細かく打ち合わせします。失敗は許されませんから」

 

悔しい顔や苦しい顔は自分の中で消化する

そんな辻さんが花火師として大切にしていることとはなんだろう? 作り手としてのこだわりを聞くと、「安全さと正確さ」という答えが返ってきた。

「意図した演出を行うには、安全で正確な作業が不可欠です。それは、スタッフの誰もが再現しやすいような仕事をすること。花火の規模が大きくなるほど、多くのスタッフの手が入ることになりますし、僕一人で全てができるわけじゃありません。僕が安全で正確な設計と準備をすれば、スタッフの誰もが働きやすい現場になる。それは、つまり意図した演出が正確に作れるということです」

たった一瞬のための、地味で細かな準備。ときには利益を食うような大きな経費もかかる。アルバイトを続けながら、そうした花火師の仕事を続ける辻さん。その情熱の原動力とは?

「地元湘南の花火大会が無事に成功させられたときは、涙が出ました。やっぱり好きなんですよね、花火が。花火は僕にとって趣味であり目標です。寒い中重たい筒持って椎間板ヘルニアになっても、やめたいと思ったことは一度もありません。そして、何より花火を楽しんでくれる人の笑顔は大きな喜びです。そのために、悔しい顔や苦しい顔は自分の中で消化するんです」

TEXT:Masaya Yamawaka
Photo:Takeshi Uematsu

辻 博

http://shownan-hanabi.com/cms/

福祉の仕事の傍ら花火師に弟子入り。39歳で花火師として独立、「湘南花火」を立ち上げる。「湘南平塚花火大会」といった花火大会はもとより、湘南ベルマーレのホームゲームの花火演出や披露宴での打ち上げなども手がける。福島県いわき市で、震災追悼の花火大会を主催するなどの活動も。

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