たとえ最高のものを作っても伝え方が悪いと届かない
神奈川県藤沢にある「茶未来」。史上初めて、世界緑茶コンテストで二度の最高金賞を受賞した茶師・佐々木健さんが手がけるお茶の製造所です。
日本文化としてのお茶の伝統を継承しながら、型破りなチャレンジを続ける
“世界一の茶師”。そんな佐々木さんをORGAN CRAFT代表渡會が訪ね、そのクラフトマンシップに迫ります。
最高のものを作ったら、売れない方がおかしい
前編で見て来たように、茶師・佐々木さんは最先端の機械や技術を取り入れる一方で、伝統技術の良さを受け継いでいる。改めて作ったお茶を見せてもらうと、パッケージも一見お茶には見えない洒落たものも多く、ネーミングも「ぱちり」「そんならば」「むかんしん」と面白く、和紅茶やフレーバーティーなどラインナップも多い。
「僕が目指すのは、日本茶の伝統をしっかり守りながら、時代に合わせた変革をしていくこと。時代とともに日本人の味覚は変わっていますから、時代に合わせたお茶の楽しみ方があっていいと、僕は思います。日本の伝統のお茶を飲みましょうと言っても飲まないですからね」
確かに今の僕たちの身の回りにある茶は、ほとんどがペットボトル。あとは飲み屋での食後の暖かいお茶くらいだろうか。意識的にお茶を楽しむ習慣のある人は多くはないと思う。
「お茶は万能薬としての一面があって、歴史的に見れば食べ物なんですよ。だから僕は茶そばも作っていますし、アイスクリームもある。フレーバーティーや和紅茶もあるし、減圧乾燥してパウダーにしてご飯にいれるということもできます。食という視点でお茶を見えれば、可能性は無限に近い。お茶に混ぜ物するのは邪道だという考えもあるけどそういうのもなくしたい。最初のきっかけはジャケ買いでもいいんです」
伝統や格式の重んじられるお茶の世界で、佐々木さんのような方法は異端ではないのだろうか?
「だから、世界一をとることが必要だったんです。新しいチャレンジをしていても、そういった経歴がないと説得力が出ない。パッケージにこだわるのも同じで、いくらいいものを作っても、伝え方がよくないと届きません。職人として最高のものを作っているんだから、お客さんにちゃんと伝えることを怠らなければ、売れない方がおかしいんです」
佐々木さんは、お茶の間口を広げる一環として外部企業とのコラボレーションも数多く行なっている。ORGAN CRAFTを運営する株式会社リペアがコラボレーションした「FUKUIKU-TEA」もそのひとつ。そして、他社とのコラボレーションでも、作り手として譲れないこだわりがあると言う
「作り手側のコンセプトがぶれると、お客さんの言いなりになっちゃいます。このカードでだめだった場合はこのカードでいくと、プランを何個か用意していますし、それだけ自分が勉強していないといけない。お客さんが言ったことを全部鵜呑みにするんじゃなくて、理由を述べて納得してもらう努力をする。そこがメーカーとして、職人としてのプライドですから、安くして欲しいって言われても、うちはこういう成分でやっているんでそこまで安くは出来ませんって」
渡會も「受動的では、いいものは作れませんよね。僕も常にカードは4つ5つと用意して取り組むようにしています」と続ける。内装施工を手がけるORGAN CRAFTは、お客さんあっての仕事。建築や内装を知り尽くしたプロの作り手として、お客さんの想像を超えるような提案をしているという。
成功するのは簡単、続けるのは難しい
そんな佐々木さんにこれからの思いを聞くと、「流行りに飛びつけば成功するのは簡単です」と、意外な言葉から話が始まった。どういう意味だろう?
「1999年~2000年頃あたりにスタイリッシュ居酒屋のブームがあって、チャイナダイニングが流行ったんです。それを始めにやったのが僕だったんです。ゼロからはじめて5店舗ほど出したんですが、今その業態は残っていません。そういうことを考えると、流行りに飛びつくのは簡単なんです。マーケットを追いかければチャンスはいくらでもある。でも、それだと続かないんです」
では。続けるために重要なこととはなんだろう?
「マーケットに合わせるんじゃなくて、新しい価値を創造すること。そのためには、自分たちの本質、つまり『日本人とは、日本の文化とはなんだろう?』っていうところに立ち返らないと、長く続くものは生まれません。日本茶は世界に誇る日本の文化ですが、その素晴らしさが日本で忘れられています」
実際、日本茶業界の新規参入メーカーはとても少なく、新規メーカーとして工場を作るという規模の取り組みはここ10年で佐々木さんくらいだという。
「日本のお茶文化は移り変わっています。かつて抹茶から煎茶の時代になり、今はペットボトルが主流です。そして僕がその次の世界を作る。そこまで見据えてやっています。僕は、茶未来を100年続く企業にしたいんです」
では、佐々木さんにとってのクラフトマンシップとは?
「お茶は日本人の身近にありすぎて価値を失っていますから、一度ちゃんとした急須でいれた日本茶を飲んで欲しい。普段の食卓の、脇役でいいんです。子供が『運動会でこんな事があったよ』ってお母さんに話しているような食卓に、僕のお茶があったら何よりも嬉しい」
佐々木さんが淹れてくれたお茶をいただく。桜と柑橘を使った2種類のフレーバーティー。お茶の旨味がしっかりとありながら、爽やかで甘い香り。これなら洋食にも合うんじゃないかと思う、初めての味わいに驚く。
「お茶は飽きないですよ。食材としてどこまでも未知の可能性がある。だからずっと続けているんでしょうね」
ORGAN CRAFT代表 渡會
食での「安全」というと、国の基準を守ることかとこれまで考えていたけど、佐々木さんのおっしゃる「安全」とは、自分の求める製品にするための基準を自ら厳しく設け、国の基準を上回る管理体制を徹底的に敷いている。建築の分野で僕らも、「安全」は現場の最重要課題として徹底してるけど、今回は改めてそれについて考えさせられる機会で、頭の下がる思いだった。食も建築も、誰かに利用して頂くためにある。誰かをしっかりと思い、作り上げていく人間でありたい。
TEXT:Masaya Yamawaka
Photo:Takeshi Uematsu
佐々木 健
大学卒業後、調理の修業を経て飲食店を多数展開。料理専門誌やTVに多数出演するなど、料理人としての地位を確立する。製茶工場の社長との出会いをきっかけに日本茶の製茶技術を学び日本茶の道へ。神奈川県藤沢に「茶来未」をオープンし、飲食店向けの緑茶や企業向けのオリジナル茶の商品開発など多岐にわたる商品づくりに取り組んでいる。世界緑茶コンテスト最高金賞など受賞歴多数。今後の日本茶業界を担う茶師のひとりとして期待されている。