肝心の醤油づくりは人間にはできない
日本人の食に欠かすことのできない調味料「醤油」。701年に制定された「大宝律令」には、醤油のルーツとされる「醤」をつくる役職に関する記載があります。現在の日本人にとっても、何かしらの料理を通じてほぼ毎日、口に入れていると思います。とても身近な調味料ですが、東京ではひとつしか醤油蔵は残っていません。今回は「近藤醸造」の四代目、近藤寛さんに醤油づくりに関する思いを聞いてきました。
世界から注目される日本の伝統
渡會:近藤醸造さんのお醤油はどんな料理に合わせるのがオススメですか?
近藤:醤油の味をそのまま活かせる料理に使っていただきたいですね。納豆も付け合せのタレを使うのではなく、ぜひ、私たちの醤油をつかっていただければと。
渡會:あぁ、納豆!絶対においしいですね、食べたい!!
近藤:今、和食は世界から注目されています。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が、2013年に「和食 日本人の伝統的な食文化」を無形文化遺産に正式登録しました。和食の味をつくっているのは日本伝統の調味料であり、醤油はその中のひとつ。世界に誇れる万能調味料です。
渡會:日本以外からのニーズも増えているのではないですか?
近藤:はい。昨年から徐々に注目され始めて、今年に入ってからオファーが増えました。今では代理店を通じて、フランス、香港、オーストラリアへと羽ばたいています。
渡會:どんなところに販売しているんですか?
近藤:各国の日本料理屋ですね。とくにフランスはシェフからのご指名だったと聞いています。
渡會:すばらしいですね。日本では、どこで買えるんですか?
近藤:蔵の敷地内にある直営店か、西多摩地域を拠点にこだわりの商品を扱うスーパー、農協がやっている地元野菜の産直所、地域の温泉施設や、あきる野市の特産品を扱うテナントショップなどでも売っています。お歳暮シーズンでは、地域のショッピングモールに大きく展開していただいています。地域の方に助けられ、育てていただいています。
付加価値へのこだわり
渡會:東京では稀少な醤油蔵というバックグラウンドもあって、大きな取引先からのニーズもありそうですよね。
近藤:いくつかお声がけいただいていますが、大量注文はお断りさせていただいています。現状の体制だと、大きく生産量を上げることはできず、ご迷惑をおかけしてしまう。今後の事を考えても生産量をあげるより、付加価値をあげていきたいと思っています。
渡會:どこでも買えるものより、ここでしか買えないもの。簡単に作られているものより、手間ひまかけてつくられているもの。そういったものが選ばれる時代ですよね。
近藤:まだ計画中なのですが、原材料も東京産にこだわったものや、100mlほどの少量パッケージにして手土産として買いやすいものなどをつくっていく予定です。
渡會:あぁ、いいですね。
近藤:私たちの蔵では、醤油以外にも、ソースやめんつゆ、焼肉のタレなどもつくっています。醤油のおいしさを活かすために、醤油の割合が他の製品よりも多めです。ぜひ、いろんなかたちで食べてもらいたいです。
渡會:パッケージも素敵ですよね。
近藤:ありがとうございます。だいたい、3代目がデザインしたものです。過去には3代目が商品名を書いたものがラベルになっていた時期もあります。
渡會:製造から流通、デザインまで、すべてみなさんでつくっているんですね。
近藤:確かに、私たちがやっている仕事もありますが、肝心の醤油づくりは私たちにはできないんですよ。醤油をつくっているのは、微生物なんです。私たちの一番大事な仕事は、微生物が働きやすい環境をつくること。人間なんて、そのくらいのことしかできないんです。
渡會:なるほど。「発酵」を扱うものづくりならではの観点ですね。
近藤:そうなんです。人間には原材料を分解できません。大豆のタンパク質が分解されて、アミノ酸になる。これが旨味成分です。小麦のでんぷんは、分解されて糖分になる。お米を噛んでいると甘くなるのと同じです。これが甘みになります。そして糖分をエネルギーにして酵母が活動し、アルコールを生む。これが香りの成分にもなります。目に見えない様々な化学反応が、時期をずらしながら起きて、醤油ができる。微生物が生きている状態で出荷してしまうと、ビンの中でも発酵が進んでしまうので、熱処理をしてから充填します。
渡會:生きているんですね。おもしろいなぁ。
変わる時代の中で残していくべきもの、生み出されるもの
渡會:さて、名残惜しいですが、そろそろ最後質問をさせてください。近藤さんにとっての「クラフトマンシップ」とは?
近藤:そうですね…。温故知新ですかね。前に学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりして、新たな道理や知識を見い出し自分のものとすること、です。時代が変わっても、良いものは残していくべきですし、同時に新しい価値も生み出していきたいと思っています。そして、お客様に喜んでもらうのはもちろん、従業員にも「ここで仕事をしていてよかった」と思えるような職場にしたいです。
渡會:伝統を今にアップデートして、日本の食を支える近藤さんならではの、クラフトマンシップですね。今日はありがとうございます。帰りに直売所でたくさん買い物をしていきます!
TEXT:Shuhei wakiyama(M-3)
Photo:Fumihiko Ikemoto(PYRITE FILM)