プロの噺家として、その場に一番合ったものを提供する
18歳、高校三年生で故・桂吉朝に入門。大師匠である人間国宝、桂米朝の元で、3年間にわたる修業を経て2005年、内弟子を卒業。以降、古典落語を中心に舞台を重ね、文化庁芸術祭賞新人賞、なにわ芸術祭新人奨励賞、NHK新人落語大賞、咲くやこの花賞など、数々の賞に輝く上方落語界のホープ、桂佐ん吉さん。時代を超えて親しまれる落語の世界には、伝統を受け継ぐ姿勢や、細やかな気遣いから生まれる工夫など、職人芸ともいうべき“CRAFTSMANSHIP”が息づいていました。
落語に対する美学
渡會:今、好きな古典落語はなんですか?
佐ん吉:記事になった時は違う事を言うてるかもしれないですけど、今は「くっしゃみ講釈」ですかね。素人の時から好きな噺やったんですが、新しいギャグを入れたらウケまして。結構長くて難しいネタなんですが、最近乗りこなせて来た気がしていて。やってて楽しいですね。
渡會:なるほど、やっぱり演じていて楽しいという感覚が大事なんですね。
佐ん吉:そうですね。あとごそっと話を変えた「盗人の仲裁」ってネタがあるんですけど、これも気に入ってます。
渡會:どのように変えられたんですか?
佐ん吉:ある家に泥棒が入るんです。タンスの着物を盗み、風呂敷包みをこしらえて逃げようとしたところへ亭主が帰ってくる。泥棒は慌てて縁の下に隠れます。亭主は見慣れない包みが部屋にあるのを見て、女房が浮気相手と逃げると勘違いし、帰って来た妻に怒るんです。それで夫婦喧嘩になる。従来の形ですと、亭主が煮えたぎった鉄瓶をほったら、お湯がこぼれて縁の下の泥棒にかかり、慌てて飛び出してくる。それで、泥棒が「まぁまぁ」というて、夫婦喧嘩を仲裁するんですけど。僕は、絶対泥棒が夫婦喧嘩を見てるはずやと思って。それで「わしのせいで揉めてしもた」って悩んでる姿を描きたかったんですよ。
渡會:人がいい泥棒なんですね。
佐ん吉:はい。基本、人が良いんです。今までの人たちはそれがなかったんですよ。泥棒を忘れさせる方に話を持っていく。そこで僕は、泥棒の迷い、出て行って止めるのか、そのまま隠れてんのか、葛藤を表現できひんかなと。それで、天使と悪魔を出したんです。泥棒の心の天使と悪魔が戦う。それがハマって、自信作になりました。
渡會:古典の「盗人の仲裁」が新たに生まれ変わった。
佐ん吉:設定が伝わりにくくて、ご年配の方にはウケないんですが。
渡會:高座の噺は、お客さんを見て、変えられることもあるんですか?
佐ん吉:はい。ゲームのロックマンみたいなもんで、この場合は赤いロックマンがええなとか。相性で決めますね(笑)
渡會:言葉で世界を作る落語は、空間づくりと共通点があるように思いました。内装の仕事では、まずお客さんが思い描く空気感をイメージし、そこから細部へ移っていくんですが、佐ん吉さんは空気感を大切にされることはありますか?
佐ん吉:ウケるから、時事ネタを放り込むって人が多いんですよ。去年やったら「違うやろハゲー」とかね。それ入れたら確かにウケるんです。でも、空気感がごそっとなくなっちゃう。だから、このギャグをやったらウケるやろうと思っても雰囲気が合わないものは、ぐっと我慢して、本来の味を大事にするというのはありますね。
渡會:佐ん吉さんの、落語に対する美学を感じます。
佐ん吉:そうですね。あと空気感でいうと、落語は、場所作り、舞台設営が8割なんですよ。たとえばこの部屋で落語するとしたら、たとえば目の前にあるこの看板。これキラキラ光って目に触るじゃないですか。じゃぁ、隠しておこうかとか。高座でも、下に赤い布を敷きますが、あれがシワシワでもあかんし。そういうチェックは噺家が自分でやるんです。
渡會:シンプルな舞台にはお客さんの意識を噺に集中させる工夫が凝らされているんですね。落語に対する職人的な話をお伺いしましたが、クラフトマンシップについて、意識されている事はありますか。
佐ん吉:落語ってアマチュアとプロの境目がはっきりないもので、アマでもうまい人はいるんです。どこが違うのかというと、自分のやりたい噺をするのがアマチュア。対してプロの噺家は今日このネタをしようと決めていても、お客さんや前後の流れで違うと思えば変えなあかん。自分の希望を優先するんじゃなくてその場に1番合ったものを提供する。それが、クラフトマンシップって事なのかなと思います。
落語とはリノベーションである
渡會:なるほど。では、佐ん吉さんにとって落語とはなんですか?
佐ん吉:2個あるんですけど、いいですか?
渡會:お願いします。
佐ん吉:1つはリノベーションです。
渡會:おお。
佐ん吉:古い建物には、残したい良さがある。だから、リノベーションするわけじゃないですか。落語も同じで、今でも充分に笑えて共感できる部分があれば、ここは伝わりにくいなってところも合って、そこをカットして違う部品にしたり。これは噺家それぞれがやっています。古民家を大胆に変えて内装を洋風にする人がいれば、逆に8割本来のものを残す人もいる。
渡會:なるほど。確かに、共通点がありますね。
佐ん吉:もう一つは「線香花火」です。落語ってすごく弱いんですよ。たとえば、音楽は人間の心にストレートに響くから、お酒飲んでいても、喋りながらでもすっと入ってきますが、落語はそうはいきません。漫才と比べても、ボケを中心にネタを作るわけではなく、ストーリーを想像して貰わないといけないから、混ざると負けてしまうんですね。携帯がプルルとなっただけでお客さんの気はそっちに行ってしまう。そういうところが線香花火やなと。お客さんも、色んな光り方をして綺麗やな、風雅やなと思える人に限定されてきますね。
渡會:線香花火のように繊細だから、環境作りも重要になってくるわけですね。では、最後に今後の目標を教えてください。
佐ん吉:自分の落語会を増やしていくことですかね。「佐ん吉にやってほしい」って思ってもらえるよう自分の色を出していきたい。やっぱり東京の噺家さんが取り上げられることが多いんでね。上方も負けへんぞと(笑)
渡會:東京でも公演をされていますが、お客さんの反応はどうですか?
佐ん吉:基本、大阪と一緒なんですけど、東京は行く機会が少ないので、手応えを感じることが多いです。前回の結果が反映されて、だんだんお客さんが増えたり、ネタを変えたこともわかってもらえたり、そういうのは嬉しいですね。
渡會:東京で拝見できるのを楽しみにしています。
佐ん吉:ありがとうございます。あと、僕、将来的に自分好みの劇場を持つのが夢なんですよ。
渡會:「佐ん吉亭」ですか?
佐ん吉:はい。今の財力では無理なんですが、そこに行くまでの繋ぎで、空いたテナントをリノベーションして寄席が出来ひんかなと考えていて。
渡會:やりましょう。
佐ん吉:そんなことって可能ですか?
渡會:もちろんです。我々も“CRAFTSMANSHIP”を心にもつ工務店ですから(笑)
桂 佐ん吉
1983年大阪府大阪市生まれ。大阪府立東住吉高校芸能文化科卒卒業後、2001年9月「桂吉朝」に入門。2002年、大阪・太融寺「吉朝学習塾」にて初舞台。数々の新人賞を受賞し、上方落語唯一の寄席「天満天神繁昌亭」での公演を始め、自主企画の落語会など精力的に開催中。米朝事務所所属、上方落語協会会員。趣味は野球とけん玉。